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井垣太介 (Taisuke Igaki)

Author:井垣太介 (Taisuke Igaki)
日本及び米国NY州弁護士
 @西村あさひ法律事務所

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M&Aと独禁法(その4)(日本の場合-市場画定のプロセス)

これまで主に手続について見てきましたが、独禁法で最も面白いのは、水平的カルテル(価格協定、市場分割協定、入札談合や共同ボイコット等)、垂直的取引制限(再販売価格維持行為等)、独占行為、企業結合等に関し実際に問題になった事例について、時間を掛けて順番に勉強していくことではないでしょうか(*1)。余談ですが、私が通っていたアメリカのロースクールでも、独禁法は「判例法のダイナミズム」を思う存分味わえる科目として人気を博しており、100個近い判例(米国での競争法の歴史は100年を超えます。)を教授と学生が一緒になって詳細に研究した独禁法の授業は、M&Aと同程度かそれ以上に興味深い科目でした。独禁法関係の事案分析においては、必ず「Marketの範囲」と「Competitionの抑制効果の有無」が問題になります。それらについて、具体的事実関係を目の前にして精査していくプロセスが面白いのです。

実際のビジネスの世界では、何とかして他社よりも利益を多く上げたいと願う企業があの手この手で「値下げ競争」が発生しないよう手段を講じるわけですが、ときにそれが「消費者にとって利益となる業者間の競争」を阻害してしまいます。将来、自社が利益を独占するために今のうちに他社をマーケットから排除したい → そのために、たとえ今は損が出ても他社は追随できないほどの安価で自社製品を売りさばく・・・これは略奪的価格設定のケースですが、その瞬間の「安い価格」だけを捉えれば消費者にプラスとなるような企業の行動であっても、長い目で見て将来の競争に悪影響を及ぼす場合は、適正な競争状態を維持するという観点からは許されないことになります。企業があの手この手で考え出した手法について、規制側もあらゆる観点から「競争への悪影響」がないかを判断するわけです。独禁法違反が問題となるケースは、自由競争を理由に利益追求に走る企業と、消費者保護を謳う規制側との戦いや駆け引きの場であり、それゆえやっている方も見ている方も真剣で面白いのだと思います。

さて、アメリカの独禁法と同じく、日本の独禁法も、「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる」企業結合を禁止しています。ここで問題となるのは、①「一定の取引分野」をどうやって画定するのか、②「競争の実質的制限」に該当するか否かはどのように判断するのかの2点です。順に書いていきたいと思います。

1.「一定の取引分野」について

M&Aが競争に及ぼす影響を分析しようと思えば、まず、市場を画定する必要があります。例えば、J社という大阪のラケットメーカーがあるとします。J社は大阪市内のテニスラケットの市場シェア率で言えば70%を誇るが、日本全体では15%、世界では3%に過ぎない状態であると仮定します。この場合、大阪市が市場、すなわち「一定の取引分野」であるとすれば、大阪市内の別のラケットメーカーと合併することによって、市場シェア率は競争政策上看過できないレベルに到達する可能性があります。他方で、世界全体を市場と捉えた場合には、J社の合併は世界全体のテニスラケット市場の競争にはほとんど影響を与えないということになります。よって、まず「地理的範囲」の画定が必要になります。

また、上記では「テニスラケット」市場と書きましたが、仮に、世の中のテニスプレーヤーの多くがテニスもバドミントンも卓球もするという場合、J社が合併後にその市場独占力を利用してラケットの価格を引き上げた場合、プレーヤーはバドミントンや卓球に移行する可能性があります。この場合、J社はテニスラケット市場において競争制限による利益を享受できていないということができます。よって、「地理的範囲」に加えて、「商品(サービス)の範囲」も問題になるわけです。

J社は、「地理的範囲」については、「競争は世界レベルで行われており、世界レベルでは、価格に影響力を及ぼすパワーは我が社にはない」と主張するでしょう。また、「商品の範囲」については、「多くの人が複数のラケットスポーツを楽しんでおり、テニスラケットの値段を上げれば、ユーザーは他のラケットスポーツに移行するから、競争制限が発生するかどうかは、ラケットスポーツ業界全体で判断すべきだ」といった主張をするかも知れません。これに対して規制側である公取委は、一般に市場の範囲をできるだけ狭く解釈しようとしますので、「市場は大阪市内で、かつ、テニスラケット市場に限定される」というところから主張をスタートするものと思われます。実際には、テニスラケットについては海外メーカーの商品が日本市場を席巻しており、また、テニスをする人が他のラケットスポーツもするという事実が存在するとも思えませんので、市場の「地理的範囲」は世界、「商品の範囲」はテニスラケットとすべきではないかと考えますが、いずれにしても、独占や競争制限が問題となる「市場」、すなわり「一定の取引分野」をどう画定するかで、競争に与える影響に関する分析結果も大きく異なってくるわけです。

前置きの具体例が長くなりましたが、上記のように、「企業結合により競争が制限されることとなるか否かを判断するための範囲」を意味する「一定の取引分野」は、「商品(サービス)の範囲」および「地理的範囲」により画されます。また、<新企業結合ガイドライン>は、両者の検討の際に、「需要者にとっての代替性」という観点を基本に、「供給者にとっての代替性」も加味できるとされています(*2)。この「需要者にとっての代替性」「供給者にとっての代替性」という考え方は、アメリカの判例法で確立されている判断手法と同じです。

このうち「需要者にとっての代替性」に関しては、いわゆるSSNIPテストが利用されることが新企業結合ガイドラインで明記されました。SSNIPテストというのは、「Small but Significant and Non-transitory Increase in Price(小幅ではあるが、実質的かつ一時的ではない価格引き上げ)」をした場合に、当該商品及び地域について、需要者が当該商品の購入を他の商品または地域に振り替える程度を検証する手法になります。例えば、前記の例で、J社が合併後の市場独占力を利用して大阪市内でテニスラケットの値上げを行った場合に、大阪市内のユーザーが大阪市外のラケットメーカーのラケットあるいは他のラケットスポーツに乗り換えることができなければ(現実には考えにくいことですが)、J社は「他の商品または地域への振替の程度が小さいために、価格引上げによる利潤を拡大できる」ことになりますので、「大阪市内のテニスラケット市場」=「当該企業結合によって競争上影響が及びうる範囲」=「一定の取引分野」という結論が導かれます(*3)。

他方、「供給者にとっての代替性」とは、当該商品及び地域について、小幅ではあるが、実質的かつ一時的ではない価格引上げがあった場合に、他の供給者が、多大な追加的費用やリスクを負うことなく、短期間(1年以内を目途)のうちに、別の商品または地域から当該商品に製造・販売を転換する可能性の程度を考慮する判断手法です。前記の例でいえば、J社が値上げを行った後速やかに、東京で営業を展開していた他社がJ社よりも安い値段のラケットを大阪市内で販売し始められるようであれば、市場の「地理的範囲」については大阪市内に限定すべきではないということになります。J社の合併及びそれに続く値上げによっても、「大阪市内における競争」はさほど悪影響を受けていないといえるからです。また、大阪市内のバドミントンラケット専門メーカーが、J社の値上げを横目で見つつ、自社の生産ラインをさほど費用を掛けずにテニスラケット製造ラインに変更してJ社よりも安いテニスラケットを大阪市内で販売できるのであれば、やはりJ社は値上げによる利益を享受できません。この場合、「商品の範囲」をテニスラケットに限定することに疑問が生じてくるわけです。

なお、地理的範囲について、新企業結合ガイドラインは、「ある商品について、内外の供給者を差別することなく取引しているような場合には、国境を越えて地理的範囲が画定される」としました。日本において価格が引き上げられたとしても、日本のユーザーが、海外のメーカー/販売者から同種同効用の商品を購入できるのであれば、日本における価格引上げは「販売量の低下」という結果を招き、結果として、競争阻害が発生しないからです。この判断においては、消費者の購買行動や供給者の供給能力・販売網、商品の輸送費用等が考慮要素になってくるものと思われます(*4)。

次回の独禁法シリーズでは、「競争の実質的制限」について書きたいと思います。


(*1) 日本の事案については、公取委が毎年具体的ケースを公表しており、以下のウェブサイトから見ることができます。http://www.jftc.go.jp/ma/houdouindex.html
(*2) 「一定の取引分野」に関する更に網羅的な説明については、新企業結合ガイドラインの10頁以下をご覧ください。
(*3) SSNIPテストに関し、公取委は、「小幅ではあるが、実質的かつ一時的ではない価格引上げ」とは、通常、引上げ幅については5~10%程度、期間については1年程度のものを指すが、この数値はあくまで目安であり、ここの事案ごとに検討されるべきと述べています。
(*4) 市場が世界全体とされた例: ソニーと日本電気による光ディスク事業の統合(平成17年度公表事例8)

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