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Author:井垣太介 (Taisuke Igaki)
日本及び米国NY州弁護士
 @西村あさひ法律事務所

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三角組織再編の手続と留意点(その2)

三角組織再編を行なうためには、対価として交付する親会社株式を存続会社(株式交換では完全親会社となる会社、会社分割では分割会社)が事前に取得している必要があります(*1)。

この点、日本の会社法は、原則として、子会社が親会社の株式を取得することを認めておらず、親会社株式を取得した場合には相当の時期に処分しなければならないと定めているのですが(会社法135条)、これでは三角組織再編ができなくなってしまいますので、三角組織再編に必要な範囲に限って親会社株式を取得し保有することを認めています(会社法800条1項、2項)

さて、問題は、子会社が事前にどのような方法で親会社株式を取得するかですが(既にたまたま親会社株式を保有していた場合を除く)、この点については、

① 市場において親会社株式を取得する
② 市場外で、第三者から親会社株式を取得する
③ 親会社から新株の発行を受ける
④ 親会社が自己株式や新株を子会社に対して現物出資する


といった方法が考えられます。順に検討しますと、

①については、市場内で大量の買い注文を行なえば株価が高騰して親会社の株を取得するための資金が膨れ上がってしまいますし、そもそも必要数買い切れる保証はありませんので、実務上は採りにくいであろうと思います。

②については、相対取引になりますので、やはり必要数を買い揃えられるかという問題があるほか、買付数によっては親会社株式に対する公開買付け義務が発生するという問題もあり、ケースによってはあまり現実的ではありません。

③については、子会社が親会社の新株に対して払い込む資金をどうやって獲得するかが次の問題となります。通常は、親会社からの借入れや親会社に対する新株発行による資本金の注入が考えられますが、この点については、元々親会社の資金だったお金で親会社の増資の原資に充てることが資本空洞化につながり、仮装払い込み(見せ金)と評価されるリスクがあります(*2)(見せ金となれば、公正証書原本不実記載・行使罪(刑法157条)が成立するおそれあり)。しかし、親会社からの貸付金や出資金によって親会社株式を取得することができないとなると、三角組織再編のために子会社による親会社株式の取得を認めたこととの整合性にクエスチョン・マークがつきます。個人的には、親会社サイドで現実のキャッシュ増加がなくとも、三角組織再編のための親会社株式取得のためであれば認めてよいのではないかと考えています。

④については、若干細かくかつ理論的な話になってしまうのですが、そもそも現物出資においては、「出資財産の給付」が先で、それがあって初めて「その日に引受人から株主になれる」という法律上の順序があるところ(会社法209条)、上記例では、まず、親会社が自社株を財産として保有しており、それを子会社に給付することで株主となって子会社から親会社に子会社の株式が発行されるという順番にならなければなりません。しかし、親会社と子会社が相互に新株発行または自己株式の交付を行い払込義務を合意相殺するような形では、そもそも「親会社が自社株を財産として保有している瞬間」が存在しないため、理論的にお互い新株発行ができないのではないかという疑問が生まれます(*3)。この点は、親会社が既に保有している自己株式を子会社に給付するケースであればクリアできるようにも見えますが、自己株式の処分の効果が、子会社から親会社に対する新株発行に順序的に先立っていると言えるのかどうかも日本の会社法上実は明確ではありません。よって、この点は、立法的に解決されるべき部分ではないかと考えます。

その他、実務では、親会社株式の取得方法としていろいろな手法が提案・指摘されているところではありますが、今のところ、親会社からの借入金または出資金で親会社株式を取得する方法か、親会社が保有している自己株式を現物出資として受け取る方法が現実的ではないかと考えています。なお、この際には、もちろん親会社の準拠法を確認することも重要になってきます。


(*1) アメリカでは、親会社から消滅会社等の株主に親会社株式を直接交付できるのですが、日本ではそれは認められていません。よって、最初に、将来の三角組織再編に備えて親会社株式を取得しておくというプロセスが必要になってきます。
(*2) 子会社側に返済能力と返済予定がある場合には親会社の子会社に対する貸付債権は実質的なものであり、仮装払い込みには該当しないとする学説もあります。また、当該三角組織再編における親会社が外国企業であれば、その外国の法規制をチェックしなければなりません。
(*3) 払込義務の合意相殺については、そもそも登記通達上許されていないとして、相互に現物出資として新株を発行する方法を否定する見解も存在します。
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三角組織再編の手続と留意点(その1)

早いもので、2007年5月1日付けで三角組織再編が解禁されてから1年以上が経過しました。また、株式会社日興コーディアルグループは、2008年1月29日を効力発生日として、米国の金融大手であるシティグループ・インクの普通株式を対価とし、日興コーディアルを、米シティの100%子会社である日本法人シティグループ・ジャパン・ホールディングス株式会社の完全子会社とする株式交換を実施しましたが、これは日本初の三角株式交換でした。

本ブログでは、三角組織再編については、これまでに<合併の税務(その6)~三角合併の場合~><合併の税務(その7)~逆三角合併の場合~>において三角合併の税務を紹介しましたが、今回から数回のシリーズで、三角組織再編に関する他の論点についても整理しておきたいと思います。

三角組織再編とは、組織再編行為の結果消滅する会社(株式交換では完全子会社となる会社、会社分割では承継会社)の株主に、「存続会社の株式」ではなく「存続会社の親会社の株式」を交付する組織再編スキームです。以下では、存続会社をA社、対象会社(消滅会社)をT社、A社の完全親会社をP社として説明していきたいと思います。例えば、単純にA社とT社が合併すれば、T社の株主にはA社株式が与えられますので、P社は(T社と合併した後の)A社を100%支配することは出来ません。その後、A社を完全子会社としたければ、A社の少数株主にP社の株式を交付する株式交換を実施しなければならないでしょう。ところが、三角合併を用いれば、最初から、T社の株主にP社の株式を交付出来ますので、三角合併終了時点で、(T社と合併した後の)A社はP社の完全子会社となっています。すなわち、100%の資本関係を維持しながら、一回の取引コストで子会社を他の会社と合併させられる点に、三角合併の特徴があると言えます(株式交換、会社分割においても、三角方式を利用しなければA社には少数株主が発生してしまいます)。

そもそも100%子会社にするメリットは、少数株主を排除して親会社による自由な経営を行えるとか、意思決定のスピードを上げられる点にあると言われます。また、少数株主への配当を行なわずに済むのであれば、グループ内の経営資源が外部に流出する事態を避けられますし、親会社への配当をあまり行なわず内部留保を増やした上で成長投資に当てるとか、逆に親会社への配当を増やした上で成長余地の大きい他の系列子会社に貸し付けてグループ全体の利益を増やす資金再分配などが容易になります。そこで、これらのメリットを享受したいのであれば、少数株主の締め出し(スクイーズ・アウト)を行なう必要がありますが、そのためには三角組織再編が便利ということになります。とりわけ外国会社にとっては、税制適格要件を充たした三角組織再編を行なうというのが、実際上採り得る数少ないスクイーズ・アウト手法の一つになってきます。

ただ、他方で、親会社の株式を交付することによるリスクも考慮する必要があります。設例で、P社の株式をT社の株主に交付すれば、P社株式において「株式価値の希薄化」が発生します。T社の元株主が三角合併によって交付を受けたP社株式を一斉に市場で売りに出せば、P社の株価は下がってしまいます。また、T社を子会社として取り込んでしまうことで、P社の連結決算に影響を与えますので、業績の悪い会社を吸収する際には注意が必要です。三角合併は子会社の合併ですので、親会社レベルでの株主総会承認は不要であるケースがほとんどだと思いますが、その場合であっても、親会社の取締役は常にその株主から責任を追及される立場にありますので、自社のバランスシートを傷めたり、株価の下落を引き起こすような三角合併については、そう簡単には踏み込めないと言えるでしょう。

さて、実際に三角組織再編を行なう手順ですが、T社が上場会社の場合、合併や株式交換を行うために必要な株主総会の特別決議(議決権ベースで過半数が出席し、その3分の2以上の賛成が必要)を得やすくするために、第一段階としてキャッシュを対価とする公開買付けを行い、第二段階として三角合併や三角株式交換を行なうのが通常ではないかと思います。第二段階の選択肢としては、キャッシュを対価として全部取得条項付種類株式を強制取得する方法もありえますが、この場合に発生する可能性がある取締役の責任(会社法464条1項)などを考慮して、三角組織再編を利用する方法が好まれているようです。

では、第二段階のスクイーズ・アウトの手法を更に細かく見た場合には、三角合併と三角株式交換のいずれが良いのでしょうか?・・・すぐに思いつくのは、三角株式交換であれば対象会社は法人としては残り続けるので(設例であれば、T社はA社の完全子会社になるものの法人としては存続する)、対象会社が有する業務上必要な許認可の再取得や、資産の移転手続などが不要であるのに対し、三角合併であれば対象会社は消滅しますので、許認可の取り直しや資産移転手続(必要に応じて登録・登記なども)が発生してしまうという違いです。また、これ以外に、三角組織再編が税制適格要件を充たさない場合、それが株式交換であれば株主に対するみなし配当課税(*1)は発生しないが、合併であればみなし配当課税が発生するため、株式交換の方が望ましいという意見もあります(*2)。

次回のコラムでは、引き続き三角組織再編に関する手続や論点について紹介していきます。


(*1) 合併における解散法人に留保利益があった場合、課税なくして合併が認められると、株主に対する配当課税のチャンスが失われてしまうため、消滅会社の利益を原資とする部分(利益積立金)が存続会社の資本金および資本積立金に組み入れられる場合、法人税法では、その資本組入部分について、「一旦株主に配当として分配し、その分配部分を再び株主から出資を受けた」ものとみなします。この株主への配当とみなされる部分(別の言い方をすれば、「株主が交付を受けた財産の時価合計額から消滅会社の資本金および資本積立金の額を控除した残額」)について行われる課税が、「みなし配当課税」です。みなし配当が発生する場合、合併法人は一株当たりのみなし配当額を株主に通知する義務があります。
(*2) 石綿学「三角組織再編をめぐる実務上の諸問題」(商事法務1832号44頁)

新たな防衛策指針案について(その3)

新指針案は、基本的に、「買収策の発動は制限的であるべきだ」というスタンスで書かれており、安易な防衛策の発動に警鐘を鳴らすものとなっています。なぜ、このような形で軌道修正が必要となったのでしょうか?

もともと2005年に発表された防衛策指針には、指針全体を支える中心的概念として(意味内容の曖昧な)「企業価値」という言葉が用いられており、ここで(より直接的な)「株主価値」という言葉が使用されなかったことから、投資家側からは、経産省や指針は企業(経営者)寄りだという批判が寄せられていました。また、同指針発表後に買収防衛策を導入する企業が多数現れ、かつ、経営者側に、「買収防衛策は万全だ(すなわち、ライツ・プランを実際に発動して敵対的買収を阻止できる)」という意識が芽生えたことにより、防衛策の濫用を心配する声が高まっていました。

更には、ブルドックソース事件の最高裁決定において、

スティール関係者は、本件取得条項に基づきスティール関係者の有する本件新株予約権の取得が実行されることにより、その対価として金員の交付を受けることができ、また、これが実行されない場合においても、ブルドック取締役会の本件支払決議によれば、スティール関係者は、その有する本件新株予約権の譲渡をブルドックに申し入れることにより、対価として金員の支払を受けられることになるところ、上記対価は、ブルドック関係者が自ら決定した本件公開買付けの買付価格に基づき算定されたもので、本件新株予約権の価値に見合うものということができる。これらの事実にかんがみると、スティール関係者が受ける上記の影響を考慮しても、本件新株予約権無償割当てが、衡平の理念に反し、相当性を欠くものとは認められない。

と書かれてしまったことにより、その後導入された防衛策には、買収提案者に金銭の支払いを行なう可能性を盛り込んだものが見られるようになりました。しかし、本当にその買収提案者が、ブルドックソース事件の高裁が言及したような「濫用的買収者」なのであれば、金銭を支払うことはまさに株主の利益を害することにつながります。そこで、企業年金連合会などは、この「金銭支払い」について強い反対論を唱えており、それを受けて今回の新指針案では、買収者に金銭補償を行なうことに対して否定的な意見を提示する必要があったのです。お金を払いさえすれば防衛策の発動を差し止められることはないと企業(経営者)側が考えてしまってはまずい、早期に軌道修正をしなければならないと考えた結果、このタイミングで新指針案が提示されたのだと思います。

さて、上記の点も含めて、新指針案では、経営陣の行動のあり方として、以下の諸点が提案されています。

① 取締役会は、株主以外の利害関係者の利益に言及することで、買収防衛策によって保護しようとする利益を不明確としたり、自らの保身を目的として発動要件を幅広く解釈してはならない。
② 取締役会は、被買収者の資産を買収者の債務の担保とすることや、被買収者の資産を処分し、その処分利益をもって一時的な高配当をさせることが予定されているなど、それのみでは当該買収が株主共同の利益を侵害するとまでは言い難い理由のみをもって、買収防衛策の発動が必要であるとの判断を行ってはならない。
③ 取締役会は、買収提案の検討期間をいたずらに長期なものとしたり、意図的に繰り返し延長することによって、株主が買収の是非を判断する機会を奪ってはならない。
④ 取締役会は、株主共同の利益を最大化させる買収提案であると判断した場合には、株主総会で株主の意思を問うまでもなく、直ちに買収防衛策の不発動を決議しなければならない。
⑤ 取締役会は、株主が買収の是非を判断できるよう、買収提案に対する取締役会の評価等について、事実に基づいて、株主に対する説明責任を果たさなければならない。
⑥ 買収防衛策を発動する際に、買収者に対して金員等の交付を行う必要はない。


また、これまでにも議論がなされていた特別委員会に関しては、

特別委員会委員会については株主からみた責任があいまいであるとの議論があり、形式的に同委員会を設置し、その勧告内容に従ったからといって、直ちに、取締役会の判断が正当化されるということにはならないことに留意すべきである。同委員会を設置し、実際の買収局面においてその勧告内容を最大限尊重しなければならないとするとしても、取締役会は、かかる勧告内容に従うという判断に関する最終的な責任を負い、それが合理的であることを株主に対して説明する責任があることに留意すべきである。

として、取締役会が最終的な責任と説明義務を負うことが改めて強調されました。しかし、もちろん、これによって取締役会内部に存在する利益相反問題をクリアできるわけではありません。株主によって選任され業務執行者の解任権を有する者が、業務執行者を監視しその利益相反問題をクリアするという構造にならなければ、「責任も権限もない社外者や独立者」にいくら丁寧に判断してもらってもその判断に拘束力を持たせることは出来ませんし、全取締役が利害関係を有すると言えるM&Aにおいて取締役会が株主に対していくら説明責任を果たしたと主張しても、それを信用することは困難だからです。取締役会と業務執行者の関係や位置付けがアメリカと異なる日本においてアメリカの制度(独立取締役や特別委員会制度)を導入しようとすることによる歪みは、まだまだ解消されそうにありません。

新指針案については、あくまで「案」ということですので、最終的な指針が確定し公表された時点で違いがあれば、また取り上げてみたいと思います。

新たな防衛策指針案について(その2)

今回の新指針案においては、「株主意思の原則」に修正が加えられ、「ただし、買収防衛策の発動について多数の株主から賛成の意思表示を得たからといって、直ちに当該買収防衛策が正当化されるということにはならない点に留意すべきである。すなわち、その意思を確認するに当たって取締役会が株主に対する説明責任を果たしたかどうかのほか、買収者の属性、買収提案の内容や被買収者の株主構成などの点が買収防衛策の発動の公正性を判断する上で勘案され得ると考えられる。」とされました。

また、同指針案は、更に直接的に、「取締役が自らは判断を回避し形式的に株主総会決議により株主の多数の賛成を得さえすれば、買収防衛策が安定するとの議論については、株主総会決議を通せる株主構成になっていれば、盤石な防衛体制がとれるといった、誤ったメッセージを関係者に対して送りかねない。実際の買収局面において、善管注意義務を負っている被買収者の取締役が、買収提案が株主共同の利益に適うか否かに関する第一次的判断を自らは回避し、形式的に株主総会に買収の是非に関する判断を丸ごと委ねて、自己を正当化することは、責任逃れと捉えられても仕方がない。したがって、買収局面における被買収者の取締役には規律ある行動が求められる」とも書いています。

日本では、大陸法から輸入した株主総会万能主義については約60年前に廃止されたものの、未だに「困ったときは株主に決めてもらおう」という発想が残っているようです。しかし、機関投資家が古くから「モノ言う株主」として活動してきたアメリカと異なり、株式持合いとメインバンク制がインサイダー型ガバナンス体制を作ってきた日本では、株主総会は長期間形骸化していました。そのような歴史と実態がある以上、「権限分配法理」に全面的に依拠して株主総会に判断してもらえればよいというのは、まさに「責任逃れ」になる可能性があるわけで、新指針案の上記コメントについては私も同じように感じます。

ライツ・プランの発祥国であるアメリカでは、株主は取締役の選任・解任権を通じて最終的なコントロール権限を発揮するに留まり、買収防衛策そのものに関し株主が導入や発動の是非を決めるという文化はありません。それは所有と経営の分離が日本よりも徹底しているからであるとも言えますし(*1)、ライツ・プラン自体がそもそも買収提案者との適切な交渉プロセスの確保のみを目的としているものであり、最後は、プロキシーファイトを通じて取締役を入れ替えて防衛策を消却できる道が残されているからであるとも言えます。機関間の権限分配やコーポレート・ガバナンス体制は日本とアメリカとで未だ同一とは言えませんが、アメリカからの各種働きかけによってその差はどんどん縮まりつつあります。今回の新指針案も、完全な株主総会重視型を離れて取締役会の判断と責任を重視する立場に移行したことにより、更にアメリカ型に近づいたと言えるでしょう。

このように、今回の新指針案においては、取締役会が責任を持って判断すべきと書いてあるわけですが、「株主総会の事前承認によって得られる安心感」は相当大きいため、実務上は、当面、株主総会の事前承認を得るという近時流行りのプロセスは変わらないものと思われます。しかし、個人的な予測としては、数年後には、取締役会の判断のみで防衛策を導入するけれども、「一定数(例えば10%以上)の株式を有する株主が臨時総会を招集することによって防衛策を消却できるようなシステム(chewable)」と「取締役会で防衛策を導入した後、一定期間(例えば1年間)以内に株主総会の事後的承認決議を得るシステム」を組み込んだ防衛策実務に変わるのではないかと考えています。その前に裁判所の新たな判断が出るのか、省庁の新たな指針が出てくるのか、一部の日本企業と欧米の議決権行使アドバイザリー会社のやり取りによってベスト・プラクティスが確立されるのかは分かりませんが、最終的には、①買収防衛策を導入するのであれば取締役会の判断と責任において導入するが、株主意思を排除しないためにchewableにしておき、②後はひたすら経営努力と情報開示に努めるという方向に落ち着いていくのではないかと考えています。

次回のコラムでは、新指針案のほかの内容に関して簡単に触れたいと思います。


(*1) そもそもアメリカでは、「会社は株主のものである」と言うときの「株主」は「投資のために株を買った人たち」という位置付けであり、経営の素人であるから、所有と経営の分離は徹底していた方が良い、よって、株主には法令と定款で定められた権利のみ(主に取締役の任免権)を与えることで足りるという考え方に立った上で、だからこそ、膨らみがちなAgency Costを抑えるための方策が試行錯誤されてきたという経緯があります。

新たな防衛策指針案について(その1)

経済産業省・法務省は2005年5月27日付けで<「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」>(以下、「指針」と言います)を公表していましたが、2008年6月11日付けで、新たに買収防衛策のあり方に関する報告書をまとめ、<「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方(案)」>(以下、「新指針案」と言います)として公表しました。

6月の株主総会直前に発表されたというタイミングの問題に加え、裁判所がここ数年の間に示してきた各種基準と比較して一部異なると思われる考え方が述べられているため、買収防衛実務に若干の混乱を発生させる可能性のあるこの新指針案ですが、大きな流れとしては、

① 日本の裁判所が示した株式会社の機関における「権限分配法理」(会社の実質的所有者である株主によって構成される株主総会が最高意思決定機関であり、株主構成そのものに影響を与える買収という大問題に関して、株主に選任されたに過ぎない取締役会が決定するのはおかしいという考え方)と、
② 株主総会の能力限界論(買収防衛策導入・発動の是非について、多数決原理が導入される株主総会において常に適切な判断が得られるかどうか分からない)、および、取締役の責任回避を危惧する意見(株主総会に任せておけば大丈夫として取締役自身が十分な検討をしなかったり、株主への説明義務を怠ることを危惧する立場)


との間で相当頭を悩ませた結果、ひねり出された苦肉の提案ではないかと考えています。

そもそも、2005年の指針においては、「株主総会は、株式会社の実質的所有者である株主によって構成される最高意思決定機関として、株主共同の利益の保護のために、定款変更その他の方法により買収防衛策を導入することができる。定款による株式譲渡制限はその最たるものであるが、第三者に対する特に有利な条件による新株・新株予約権の発行も株主総会の特別決議を経れば適法とされ、また、法律上特別決議が必要な事項よりも株主に与える影響が小さい事項であれば、株主総会の普通決議等により買収防衛策を採ることも株主による自治の一環として許容される。」と記載されていました。これはいわゆる「株主意思の原則」と呼ばれるものです。

また、ブルドックソース事件の2007年8月7日付け最高裁決定は、「議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決されたのであるから、スティール関係者以外のほとんどの既存株主が、スティールによる経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し、ブルドックの利益ひいては株主の共同の利益を害することになると判断したものということができる」としました。その結果、買収防衛実務においては、とにかく株主総会の決議を重視する方向で動いていたわけです。

しかし、私自身は、特別委員会に関するコラム(<独立取締役/特別委員会に関する議論について(その6)>)で述べたように(*1)、株主総会に委ねることで取締役は安心してはならないと考えてきました。

「権限分配法理」は法学上の議論としては一理ありますが、相当改善されてきたとは言え株主への情報開示も不十分(モノ言う株主が日本で登場したのはつい最近のことですから、これはやむを得ません)、取締役の責任追及体制も文化としてあまり定着していない、支配株主の少数株主に対するFiduciary Dutyも法律上・判例上認められていない現在の日本の状況では、株主総会に委ねるという一見民主主義的な方法に頼ることで、取締役会が「気軽に」買収防衛先を導入したり発動したりして、実は株主にとって利益になる買収提案を封じ込めてしまうリスクの方が高いと思うからです。これは株主総会の特別決議を得る仕組みにしたとしても、同じです。

また、関係省庁や裁判所が何か基準や考え方を示す度に買収防衛策の内容や手続を変えること自体が刹那的であり(しかも、経産省・法務省の指針などの位置付けはソフトローと呼ばれることもありますが、指針に従ったからといって裁判に勝てる保証はなく、実際の効果・効力は不明です。また、株主向けの防衛策の説明書面に「本防衛策は○○省の指針に従っています」と明記して株主の同意を誘引するのが通常ですが、これでは防衛策の必要性や相当性に関して実質的な説明を放棄していると取られてもやむを得ないものと思います。)、コロコロと防衛策の内容や手続を変更していては、企業としての骨太の経営方針を示すことができません①買収防衛策を導入するのであれば取締役会の判断と責任において導入するが、株主意思を排除しないためにchewableにしておき、②後はひたすら経営努力と情報開示に努める・・・、そんな骨太の方針の方が好ましいのではないでしょうか。

長くなってきましたので、続きは次回のコラムで述べたいと思います。


(*1) 以下は、過去のブログの引用です。
「利益相反というのは、具体的にはその取引に利害関係を有する業務執行者と株主の利益相反、あるいは、支配株主(およびそれと利害を共通にする経営陣)と少数株主の利益相反です。社外独立チェック型ではない日本の取締役会や現状の特別委員会ではこの利益相反問題を解決できないと踏んで、裁判所は利益相反問題で損害を被る株主自身に直接意思決定をすることを求めています。取締役会も公正な判断が期待できない、裁判所も経営判断は行い難い、よって、株主に任せるしかないという流れです。しかし、株主といっても、多数派株主に少数株主の利益を考えた判断を要求することは困難ですので(アメリカと異なり支配株主に善管注意義務が課せられていない日本では尚更)、少数株主の利益保護が問題となっているようなケースでは、少数株主の過半数同意を要求するといったところまで整備しなければ万全とはいえないと考えます。
①支配株主が関与する取引、②会社の売却、③買収提案を受けている中での防衛策の発動といった利益相反リスクが高い場面(アメリカではいずれもBusiness Judgment Ruleの適用が否定されている場面)においては、特別委員会を設置し、その判断を「最大限尊重する」だけでは、裁判所において公正な取引であったとの認定を受けられる可能性は保証されていないと考えるべきでしょう。独立取締役制度が存在しない以上、株主総会の承認というプロセスを利用せざるを得ない場面も出てくると考えますが、その場合でも、株主総会を経たから安心と考えるべきではなく、不利益を被る株主のInformed Judgmentを得るために万全の準備をしなければならないと考えます。」

新しくなった「関連当事者の開示」規制について(その3)

3.開示項目

(1) 関連当事者との取引に関する開示項目
財務諸表提出会社が、開示対象となる関連当事者との取引を行なった場合には、個々の関連当事者ごとに、以下の項目を開示しなければなりません。

① 関連当事者の概要(*1)
② 会社と関連当事者との関係
③ 取引の内容
④ 取引の種類ごとの取引金額
⑤ 取引条件及び取引条件の決定方針
⑥ 取引により発生した債券債務に係る主な科目別の期末残高
⑦ 取引条件の変更があった場合は、その旨、変更内容及び当該変更が財務諸表に与えている影響の内容
⑧ 関連当事者に対する貸倒懸念債権及び破産更正債権等に係る情報


最後の「貸倒懸念債権及び破産更正債権等に係る情報」については、これを開示することで関連当事者または財務諸表提出会社に対する信用不安を引き起こすのではないかという懸念もありましたが、国際会計基準では開示事項として含まれており、投資判断には必要な情報であると考えるため、今回の新基準において新たに追加されたものです。

(2) 関連当事者の存在に関する開示項目
今回の新基準によって、財務諸表提出会社に親会社または重要な関連会社が存在する場合には、以下の項目を開示しなければならなくなりました。

① 親会社の情報
既に述べたところではありますが、親会社情報は会社の財務諸表を理解するためには重要な情報ですので、国際的な会計基準にならって、親会社の名称および上場または非上場の別の開示が求められています(11項(1)、38項)。

② 重要な関連会社の要約財務情報
米国基準でも国際会計基準でも、共同支配会社を含む関連会社に関する要約財務情報の開示が要求されています。そこで、日本においても、重要な関連会社については、主な貸借対照表項目および損益計算書項目を開示しなければならないこととされました(会計基準11項、39項)。


(*1) 関連当事者が法人(会社に準ずる事業体などを含む)の場合には、所在地、資本金(出資金)、事業の内容及び当該関連当事者の議決権に対する会社の所有割合又は財務諸表作成会社の議決権に対する当該関連当事者の所有割合を記載します。関連当事者が個人の場合には、氏名、職業、財務諸表作成会社の議決権に対する当該関連当事者の所有割合を記載します。

新しくなった「関連当事者の開示」規制について(その2)

2.「関連当事者との取引」の範囲

開示の対象となる「関連当事者との取引」とは、以下のものを言うとされています。

① 報告会社と関連当事者との取引(*1)
② 関連当事者が第三者のために報告会社との間で行う取引
③ 報告会社と第三者との間の取引で、関連当事者が当該取引に関して報告会社に重要な影響を及ぼすもの


したがって、例えば、報告会社A社の社外監査役が他の会社B社の代表取締役でもある場合にA社とB社との間で取引を行なえば、上記②に該当することになります。
また、今回の新基準は、国際的会計基準に倣って、「財務諸表提出会社の連結子会社と関連当事者との取引」を新たに開示対象としました。もともと、純粋持株会社が増えたことに伴って、従前は開示対象ではなかった「連結子会社と関連会社との取引」を開示すべきであるという声が強まっていたのですが、今回は、実質的に事業を営んでいる連結子会社や関連会社間の取引が公正に行なわれているかどうかをチェックできるよう、それらを開示対象に盛り込んだというわけです。

なお、「連結財務諸表を作成するにあたって相殺消去した取引」は開示対象とならないとされているほか、(連結会社が関与しない)「関連当事者同士の取引」も開示対象外になっています。この点を見る限りでは、本会計基準の趣旨は、あくまでも財務諸表を正しく理解するための措置を定めたに留まり、親子会社や関係会社間の取引の公正性を確保することまでは目的としていないものと考えられます。

さて、上記の取引のうち開示対象となるのは「重要な」取引に限られますが、その「重要性」の判断に関し、まずは、以下の3点を確認しておきたいと思います。

① 関連当事者との無償取引や低廉な価格での取引における「重要性」の判断は、実際の取引価格ではなく、第三者間取引であったと仮定して金額を見積もることによる。
② 形式的・名目的に第三者を経由した取引といえども、実質的な相手方が関連当事者であることが明らかである場合には、開示対象となる「取引」に該当しうる。
③ 関連当事者との取引のうち、以下の取引は開示対象外。
ア 取引の性質からみて取引条件が一般の取引と同様であることが明白な取引(*2)
イ 役員に対する報酬、賞与及び退職慰労金の支払い


上記のうち役員に対する報酬等については、「コーポレート・ガバナンスの状況」の部分で開示されることからここでは開示対象外とされていますが、その観点からは、株主総会決議を経ることなく支給されている福利厚生費用等については開示対象になります(従業員としての地位に基づいて支給されているものを除く)。

続いて、「重要性」の判断基準については細かいため詳細は省略しますが、損益計算書ベースでは、概ね売上高等の10%超または金額ベースで1000万円超が基準に、貸借対照表ベースでは、総資産の1%が基準とされています(*3)。


(*1) 対価の有無にかかわらず、資源若しくは債務の移転、又は役務の提供を言います。
(*2) 一般競争入札による取引、預金利息や配当の受取りなど。
(*3) これは関連当事者が法人の場合であり、関連当事者が個人の場合には、損益計算書項目と貸借対照表項目の両方において1000万円超の取引であることが基準とされています。これは、従来、役員等の個人の関連当事者との取引については100万円を超える取引が開示対象にされていたところ、12万ドル超の取引を開示対象とする米国のRegulation S-Kを参考に、1000万円に引き上げられたものです。

新しくなった「関連当事者の開示」規制について(その1)

M&Aや組織再編の結果、従前は存在しなかった親子会社関係が新たに発生することはよくありますが、この場合、親会社の株主と子会社の株主は、各会社の個別財務諸表とグループ全体の連結財務諸表に加えて、「親子会社、グループ会社間の取引に関する情報」を入手したいと思うことでしょう。なぜなら、親子会社、グループ会社間の取引は、独立当事者間の取引とは条件や収益性が異なる可能性が高く、会社の経営成績や財務諸表に思わぬ影響を与えるおそれがあるからです。この点、アメリカでは、FASB(財務会計基準審議会)が、会社と関連当事者(親会社・子会社・主要株主・役員など)との間の取引内容について開示することを求めており、また、国際会計基準でも、同様に「関連当事者の開示」が求められています。

日本においては、1998年以降、有価証券報告書の「企業集団等の状況」の中で親子会社間の取引を開示することが求められてきましたが、企業会計基準委員会は、会計基準の国際的なコンバージェンスの動きに伴って企画された国際会計基準審議会(IASB)との共同プロジェクトの中で、この「関連当事者の開示」制度をリニューアルし、2006年10月17日に「関連当事者の開示に関する会計基準」および「同適用指針」を公表しました。この新しい「関連当事者の開示」制度は、2008年4月1日以降開始する連結会計年度および事業年度から強制適用されますので、この機会に簡単に規制内容を見ておきたいと思います。

そもそも、親会社が継続開示企業でない場合、子会社の株主は親会社の存在を確知することができるのでしょうか?・・・この点、国際会計基準においては、会社は、親会社の存在、究極的支配者の名称を開示しなければならないとされています。子会社の株主にとっては、親会社の存在と名前さえ開示してもらえれば調査への手掛かりが与えられるからです。

日本においても、数年前に発生した「上場していない親会社」の不祥事をきっかけに親会社情報の開示要請が強まり、現在では、有価証券報告書において、財務諸表の注記事項として、親会社の存在と名称を記載することが求められています。更に、親会社自身は、親会社の株式の所有状況、役員の状況、計算書類、事業報告・附属明細書、監査報告書などを提出しなければなりません(金商法24条の7第1項、企業内容等の開示に関する内閣府令19条の5)。これによって、子会社株主にとっては親会社情報を入手しやすくなったわけですが、日本では、連結財務諸表の作成・開示が原則であるアメリカと異なり、「大会社であっても金商法上の有価証券報告書提出義務がない会社」は個別財務諸表を作成・開示すれば足り、連結財務諸表の作成・開示義務は存在しませんので(会社法444条1項、3項)、かかるケースでは、株主が連結計算書類を入手する手段はないということになります。この点の是非は現在議論がなされているところであり、今後、親会社自身が有報提出会社であるか否かに拘らず、株主保護のために連結計算書類の作成:開示が義務づけられる方向で制度が変わっていくこともありうると考えています。

さて、関連当事者開示制度(以下、「本会計基準」と言います)に話を戻しますが、本会計基準は、財務諸表において開示を必要とする「関連当事者との取引」について、

① 「関連当事者」の範囲
② 「取引」の範囲(重要性の判断基準を含む)
③ 開示項目


を定めていますので、以下、順に見ていきます。

1.「関連当事者」の範囲

まず、「関連当事者」とは、「ある当事者が他の当事者を支配しているか、又は、他の当事者の財務上及び業務上の意思決定に対して重要な影響力を有している場合の当事者等」と定義されており(第5項)、具体的には以下のものが含まれます。

① 親会社
② 子会社
③ 財務諸表作成会社と同一の親会社をもつ会社
④ 財務諸表作成会社が他の会社の関連会社である場合における当該他の会社(以下、「その他の関係会社」という)並びに当該その他の関係会社の親会社及び子会社
⑤ 関連会社及び当該関連会社の子会社
⑥ 財務諸表作成会社の主要株主(*1)及びその近親者(*2)
⑦ 財務諸表作成会社の役員(*3)及びその近親者
⑧ 親会社の役員及びその近親者
⑨ 子会社の役員のうち重要な役員及びその近親者
⑩ ⑥から⑨に掲げる者が議決権の過半数を自己の計算において所有している会社及びその子会社
⑪ 従業員のための企業年金(企業年金と会社の間で掛金の拠出以外の重要な取引を行う場合に限る)


このうち⑧⑨⑩⑪などは今回の新基準によって新たに設定されたもので、純粋持株会社の増加などを踏まえて、関係当事者の範囲が拡大されたことが分かります。続きは次回のコラムで見ていきたいと思います。


(*1) 「主要株主」とは、保管態様を勘案した上で、自己又は他人の名義をもって総株主の議決権の10%以上を保有している株主を言います。
(*2) 「近親者」とは、二親等以内の親族を言います。
(*3) 「役員」とは、取締役、会計参与、監査役、執行役又はこれらに準ずる者を言います。なお、「これらに準ずる者」としては、相談役、顧問、監査役設置会社の執行役員等であって、経営に対して強い影響力を持っている者が含まれます。

証券(金融商品)取引所規則に基づく適時開示(その3)

これまでの話の補足になりますが、東京証券取引所は、2006年12月13日付けで、「合併等の組織再編、公開買付け、MBO等の開示の充実に関する要請」と「合併等の組織再編、公開買付け、MBO等に関する適時開示実務上の取扱いの見直しについて」と題するポリシーを発表して、M&Aに関するディスクロージャーの強化を図っています。具体的には、

① 合併等の際における開示について、合併等の比率算定の概要を記載するなど、合併等の比率の相当性等に関する説明を充実すること。
② 公開買付けや意見表明等の際における開示について、法定開示制度における公開買付届出書・意見表明報告書の記載内容の充実等を踏まえ、公開買付けの目的、公開買付けに関する意見の理由等に関する説明を充実すること(*1)。
③ MBO(役員による自社株買収等)、親会社による公開買付け又は親会社との合併等の際における開示について、対価の公正性や株主との利益相反回避措置等に関する説明を充実すること。


が要求されています。

このほか、公開買付けまたは合併等によって上場廃止となることが見込まれる場合には、上場廃止を目的とする理由等に関する説明を充実することや、いわゆる二段階買収の場合には、可能な範囲で、二段階目の合併等の行為に関する透明性の確保に配意すること(*2)も要求されています。

更に、東京証券取引所は、金商法の施行や三角組織再編の解禁、経済産業省企業価値研究会によるMBO報告書の発表などを受けて、2007年10月31日付けで、<「最近の開示実務等を踏まえた合併等の組織再編、公開買付け、MBO等に関する適時開示実務上の取扱いの見直しについて」>と題する発表を行い、

① 株式交換
② 株式移転
③ 合併
④ 会社分割
⑤ 公開買付け又は自己株式の公開買付け
⑥ 公開買付け等に関する意見表明等


に関する開示事務のあり方について詳細な指針を提供しています。なお、網羅的な開示事務のガイドラインとしては、<会社情報適時開示ガイドブック>を入手する必要があるでしょう。


(*1) 公開買付け価格の算定根拠としては、①算定の基礎、②算定の経緯に加えて、③算定機関との関係も開示する必要があります。また、算定機関が公開買付者または対象会社の関連当事者(連結財務諸表規則2条7号が規定)であるときは、その算定機関から意見を聴取する理由を書かなければなりません。
(*2) ①二段階目の株式交換その他の行為の予定時期、②完全に買収される手段およびその対価、③一段階目の公開買付け価格と二段階目の株式交換その他の行為の対価の間が同額でない場合はその内容及び違いを設ける理由を記載する必要があります。

証券(金融商品)取引所規則に基づく適時開示(その2)

前回のコラムで、適時開示規則によるディスクロージャーの概要を確認しましたので、規制内容をもう少し掘り下げて見ておきたいと思います。

まず、証券取引所の規則に基づく開示項目は、金商法に基づく法令上の開示項目とはかなりの部分において重なっていますが、完全に一致しているわけではありません。金商法については、<企業内容等の開示に関する内閣府令>が具体的な開示項目を定めていますが(臨時報告書の提出が必要な項目については第19条が規定。なお、同内閣府令は2008年5月に改正され、英文開示の対象有価証券および対象書類が拡大されています。)、例えば、公開買付けに関しては、内閣府令に基づけば、公開買付けを行う側は、19条2項3号の「提出会社の特定子会社の異動があった場合」に該当するとして、また、公開買付けの対象会社側は、19条2項4号の「提出会社の主要株主の異動があった場合」に該当するとして、それぞれ臨時報告書を提出することになりますが、これは、公開買付け後の事後報告に過ぎません(*1)。対して、例えば、東証の適時開示規則(*2)で行きますと、公開買付けの場合は、

① 公開買付け開始
② 公開買付けの結果
③ 対象者からの意見表明報告書による質問に対する回答
④ 公開買付けに関する意見表明等


に関して開示義務が発生します。また、公開買付け者が上場会社である場合に限らず、上場会社の子会社が公開買付けを行う場合(東証適時開示規則2条2項1号n)や、上場会社の非上場の親会社が公開買付けを行う場合(東証適時開示規則2条2項2号w)にも開示義務が発生しますので、証券取引所が求めている開示義務の方が、金商法上の開示義務よりも網羅的かつ広範であると言えます。

また、<金商法24条の5第4項>は、内閣府令で定めるところにより、臨時報告書を「遅滞なく」内閣総理大臣に提出しなければならないとしていますが、東証の適時開示規則は、会社の業務執行を決定する機関が決議又は決定した場合、「直ちに」開示しなければならないとしていますので、緊急度合いで言えば、東証の適時開示規則の方が「上」です。実務上は、夜間に決定がなされるケースや開示資料の作成に時間を要するケースもあると思いますが、臨時報告書の提出は翌日になったとしても、TDnetを通じた適時開示は必ず「その日のうち」に行なわなければなりません(翌日に持ち越すと、証券取引所から、開示遅延を理由に不適正開示と認定されます)。

また、上場会社が公開買付けの中止・変更を決定した場合、「開示事項の中止・変更」ということで開示が必要になりますし、開示事項について訂正が必要な場合には「開示事項の訂正」として開示が必要です。更に、最初は決定していなかった点が後に確定した場合には、「開示事項の経過」として追加開示を行なわなければなりません。このように、適時開示規則に基づくディスクロージャーは、法令に基づく開示義務よりも詳細、広範で、かつ迅速性が求められますので、開示事項を決定する当日(公開買付けの結果の報告は、公開買付期間末日の翌日)に開示ができるよう、事前の準備が大切になってきます。


(*1) 日本たばこ産業株式会社が株式会社加ト吉の普通株式に対する公開買付けを行った際の臨時報告書をサンプルとして挙げておきます。
・ JT提出分: http://www.jti.co.jp/JTI/IR/08/rinji20080108.pdf(特定子会社の増加)
・ 加ト吉提出分: http://www.katokichi.co.jp/ir/pdf/Pr530108.pdf(主要株主の異動)
(*2) <有価証券上場規程>の402条以降、および、<上場有価証券の発行者の会社情報の適時開示等に関する規則>

証券(金融商品)取引所規則に基づく適時開示(その1)

例えば、A社がT社の株式に対する公開買付けを予定していると仮定します。この場合、金融商品取引法167条によって、A社の「関係者」(役員・従業員や情報受領者)は、公開買付けの事実が「公表」されるまでT社の株式を買うことができません(詳細は、<インサイダー取引規制について(その5)~公開買付けに関するインサイダー取引規制~>ご参照)。このインサイダー取引規制は、一定のルールに従い重要事実の「公表」がなされたとみなされるまでの間、株の取引を禁止するものですが、これとは別に、重要事実について会社が機関決定をしたならば直ちにその内容を開示しなさいという規制も存在します。「決めたらすぐに公表せよ」「公表するまでは売買するな」・・・この2つのルールを徹底して初めて市場の健全性が保たれるというわけです。

さて、「決めたらすぐに公表せよ」ということですが、金融商品取引法に基づく上場会社の継続開示義務としては、各四半期終了後45日以内にEDINETを通じて「四半期報告書」を提出しなければならないとされているほか、金融商品取引法第24条の5に基づき、一定の場合(*1)には、遅滞なく臨時報告書をやはりEDINETを通じて提出しなければならないとされています。そのほか、証券取引所が、上場会社が有する情報のうち、市場の参加者の判断に重大な影響を及ぼす情報が適時適切に開示されるよう、いわゆる適時開示規則を定めていますので、東京証券取引所が構築したTDnet(Timely Disclosure network、適時開示情報伝達システム)を通じて会社情報の開示を行う必要があります。TDnetに登録された適時開示情報は、開示時刻になると多くの報道機関に配信されるとともに、適時開示情報閲覧サービスに掲載されて公衆縦覧に供されます。

適時開示が求められる会社情報は、有価証券の投資判断に重要な影響を与える会社の業務、運営または業績等に関する情報で、情報の種類別に、

① 上場会社に係る情報
② 子会社に係る情報
③ 非上場の親会社等に係る情報


に区分されています。また、上記の3種類の情報はそれぞれ、

ア 決定事実に関する情報
イ 発生事実に関する情報
ウ 決算に関する情報


に区分されます。①ア(上場会社に係る決定事実に関する情報)の例のうちM&Aに関するものとしては、株式交換、株式移転、合併、会社分割、事業の全部又は一部の譲渡又は譲受け、子会社等の異動を伴う株式又は持分の譲渡又は取得その他の子会社等の異動を伴う事項、公開買付け又は自己株式の公開買付け、公開買付け等に関する意見表明等が挙げられますが、詳細は、<東証のウェブサイト><大証のウェブサイト>をご覧ください。なお、TDnetに登録された情報は、開示時刻になると適時開示情報閲覧サービスに掲載されることになりますが、その時点で法令上の重要事実及び公開買付け等事実(金商法第27条の22の2第1項に規定する公開買付けに係るものに限る。)に係る公表措置は完了することとなります。


(*1) 臨時報告書の提出が義務づけられるのは、以下の場合です。
(1) その発行する有価証券の募集又は売出しが外国において行われるとき
(2) その他公益又は投資者保護のため必要かつ適当なものとして内閣府令(企業内容等の開示に関する内閣府令第19条)で定める場合に該当することになったとき

米国におけるM&A契約条項の分析(その8)

16.独禁法上の問題対応に関するコベナンツ条項

バイアウト契約には、米国の独占禁止法であるハート・スコット・ロディノ法(Hart-Scott-Rodino Antitrust Improvements Act of 1976)に関するコベナンツ条項を入れることもあります(詳細は、<M&Aにおけるリスク・アロケーション~Antitrust Riskを題材に~(その2)>ご参照)。

ここでは、独禁法上の問題について当事者がそれぞれどこまで責任を負うのかを定めるわけですが、近年の例では、当局とのやり取りなどによって発生する費用は買主負担とするか、当事者双方で折半とすることが多く、また、事業の分割といったインパクトの大きな是正措置にも対応する義務を負うと明示的に規定するパターンと、そのような義務までは負わない(すなわち、契約を解除できる)と定めるパターンが半々くらいで見られるようです。

17.Sandbagging条項
ポーカーで、良いカードを持っているのにそれを伏せておいて、とりあえず相手に賭けさせて大きく勝つやり方をSandbaggingと言いますが、バイアウト案件でも、例えば、買主側が、売主側が表明保証条項に違反している事実を知りながら契約し、その後、表明保証条項違反を理由に補償を求めていくケースがあり、この場合になお買主側に補償請求権を認める条項のことをSandbagging条項と呼びます。とぼけた振りをして稼ぐという意味で、両者には共通のイメージがあります。

さて、Sandbaggingは道義上は褒められたことではないかも知れませんが、M&Aにおいては、「買主側が実際にその事実を知っていたか否か」というのはときに認定困難な場合があります。そこで、近年のM&A実務においては、「買主側が売主側の表明保証条項違反やコベナンツ違反を知っていても補償の権利は依然認められる」と明記しておくケースの方が、Sandbaggingを契約上否定しておくケースよりも多く見られます。買主の主観に立ち入らずに補償義務の有無が決せられますので、ファンドが絡むバイアウト案件では好まれているようです。もっと多く見受けられるのが、契約書においてSandbaggingを認めるか否かを一切決めておかないケースですが、後日の紛争回避のためにはいずれかの立場を採ることをはっきりさせておいた方が良いと言えるでしょう。

18.買主側の表明保証条項 - Financing Representation

バイアウト案件では、買主側はお金を払って事業を買い取る側ですので、買主側から売主側に対して表明保証する事項はさほど多くはないのですが、近年の実務では、この「お金を払う能力がある」ということに関し、買主側が表明保証をするケースが非常に増えています。売主側としては、買主側が本当に買収資金を調達してこれるのか、また、具体的にどうやって買収資金を調達するのかが気になるところですので、契約上も、買収資金の調達方法まで記載して表明保証をするのが一般的です。これによって、売主側は、後に買主側が「資金を調達できなかった」と言ってきた場合に、発生した損失について補償を求めていくことができます。

以上で、「米国におけるM&A契約条項の分析」シリーズは一旦終わりにしますが、また、新たな条項が登場したり傾向が変わってきた場合には、アップデートしたいと思います。

米国におけるM&A契約条項の分析(その7)

14.No-Shop、Non-Solicit、Non-Compete条項

M&A交渉の際に売主が他の買主を探してはいけないとするのがNo-Shop条項です。詳細は、取引保護措置やGo-Shop条項に関するこれまでのコラムで述べたとおりですが、買主としてはDue Diligenceや契約交渉に注いだ時間と費用が無駄にならないように、他の競合買主が現れることを嫌うのが通常ですので、その結果として、近年のM&A契約では、ほとんどのケースにおいてNo-Shop条項が採用されています。ただし、売主側の取締役のFiduciary Dutyを履行するため、大型案件では純粋なNo-Shop条項ではなく、契約締結後に競合買主を探すことを認めるGo-Shop条項の利用が年々盛んになってきています。

続いて、売主側が事業を売却した後に同様の事業を再開したり、買主側に移った従業員や役員を引き抜いたり、従前の顧客を取り戻そうとすれば、買主側は円滑な事業運営ができなくなってしまいます。そこで、売主側は、一定期間競合事業を営まないこと(Non-Compete条項)、および、一定期間従業員や顧客を引き抜かないこと(Non-Solicit条項)を約束するケースがあります。おおよその目安ですが、Non-Compete条項・Non-Solicit条項ともにバイアウト案件の半数くらいで採用され、その義務負担期間は、Non-Compete条項が3年程度、Non-Solicit条項が2年程度ではないかと思われます。なお、顧客が誰と取引するかというのは契約自由の原則の下で本来コントロール不能なものですから、「顧客に対するNon-Solicit条項」というのは、「従業員・役員に対するNon-Solicit条項」ほどメジャーではありません。

15.情報のアップデートに関するコベナンツ条項

M&Aの際には、売主側から買主側に多種多様の情報が提供されますが、契約の締結時とクロージングの間にタイムラグがあると、その間に、既に提供された情報に含まれていた事実関係や権利関係が変わってくることがあります。このような場合、買主側としては最新の情報を提供し直して欲しいと考えるでしょうし、他方、売主側としても、情報の訂正をしないままでクロージングを迎えると表明保証違反になってしまう可能性がありますので、情報のアップデートをしたいと考えることでしょう。
そこで、M&A契約には、以下のような文言で、「情報のアップデートに関するコベナンツ条項」を入れることがあります。

Between the date of this Agreement and the Closing Date, Seller will promptly notify Buyer in writing if such Seller or any Acquired Company becomes aware of any fact or condition that causes or constitutes a Breach of any of Seller's representations and warranties as of the date of this Agreement.
(訳:
本契約締結日からクロージング日までの間に、売主が本契約締結日付けで行なった表明保証事項の違反につながるような事実または条件を売主または被買収会社が発見した場合、売主は買主に対し速やかにそれを書面で通知する。)

上記の書き方は、「情報のアップデートができる」とするに留まり、アップデートの義務までは負わせないものとなっていますが、近年の実務上は、売主側にアップデートの義務まで負担させるケースの方が増えていると感じます。また、情報の変更を伝えられた買主側としては、通常、契約を解除するか、その変更された情報を了解するかの選択権が与えられます。この点、売主側の情報のアップデート権ないし義務のみを定め、買主側のオプションについて書いていない契約書もよく見受けられますが、買主側は、修正された情報の内容によっては買収を断念したいと思ったり、補償の対象として欲しいと考えたりするケースもあると思いますので、買主側の採り得る措置についても明記しておく方が後日の紛争回避につながると考えます。

米国におけるM&A契約条項の分析(その6)

12."10b-5" representation

アメリカの証券取引所規則10b-5というのは、1934年の証券取引所法10条(b)項に基づいて、SECが1942年に定めた詐欺防止条項ですが(詳細は、<インサイダー取引規制について(その6)~アメリカのルール~>にて紹介しています)、M&Aの契約書においては、この10b-5の文言を一部利用して、以下のような表明保証条項が入れられることがあります。

No representation or warranty of Seller in this Agreement and no statement in the Disclosure Letter omits to state a material fact necessary to make the statements herein or therein, in light of the circumstances in which they were made, not misleading.
(訳:
本契約における表明保証および開示書類における説明は、それらがなされた際の状況に照らして、誤解を招かないようにするために必要な重要事実の開示を省略していないこと。)

これは、別名、"catch-all" provisionとも言われます。すなわち、個別の表明保証条項で拾い切れていない可能性がある細かな事項について、この"10b-5" representationで網羅的に拾ってしまい、売主に「不実表示をしていない、重要事項も隠していない、または、それに相当するような詐欺的説明もしていない」と表明保証させることで穴をなくそうというわけです。

さて、買主側の弁護士から"10b-5" representationを入れて欲しいと言われたら、売主(側弁護士)としてはどう対応すべきでしょうか? 売主にとって表明保証事項は少ないに越したことはありませんから、できれば応じないというのが一つの答えですが、"10b-5" representationについてはとりわけ警戒しなければならない理由があります。というのも、契約書の中に"10b-5" representationを入れると、売主側は、取引所規則における10b-5責任よりも重い責任を負担してしまうからです。取引所規則における10b-5責任が認められるためには、売主側に「欺罔の意図(scienter)」があったことを買主側が立証する必要があります。10b-5の成立要件はほかにもありますが、これらを買主側が立証することが結構困難なのです。しかし、契約書で定める"10b-5" representationにおいては、「欺罔の意図(scienter)」の立証は要求されません。不実表示があり損失が発生した時点で補償の話になりますので、買主側としては、取引所規則における10b-5責任を追及するよりもかなり楽をして契約責任を追及できることになります。

こういった問題点を認識した結果か、最近のM&A契約では売主側が"10b-5" representationを契約書に入れることを拒絶し、それを買主側も承諾するケースが増えてきています。ごく最近のケースを見る限りでは、むしろ"10b-5" representationは入れない方が「流行」だと感じます。

13.その他の表明保証をしていないことの確認条項

細かくなりますが、表明保証条項の最後には、

Except for the representations and warranties of Seller contained in this Agreement and Seller’s Schedule, Seller makes no express or implied representation or warranty to Buyer.
(訳:
本契約書および売主側からの開示リストにおいて売主が表明保証した事項を除き、売主は、買主に対し、何らの明示または黙示の表明保証も行なっていない。)

という一文を入れるのが「流行」です。これは、口頭あるいは別の紙やメールで約束した、していないといった言い争いが後日発生することを防止するためですので、入れておいた方が紛争回避につながると言えるでしょう。

米国におけるM&A契約条項の分析(その5)

11.開示されなかった債務に関する責任

買主側は対象会社の負担する債務についてDue Diligenceによって把握してから買収契約を締結しますが、Due Diligenceの過程では判明しなかった債務の存在が後日明らかになるケースがあります。この場合、その債務に関して誰が経済的に責任を負うべきでしょうか?

この問題を解決するために、No Undisclosed Liabilities Representationという表明保証条項を設けることがあります。書き方としては、

Except as set forth in the Disclosure Schedule, the Company has no liabilities or obligations of any nature except for liabilities or obligations reflected in the Balance Sheet and current liabilities incurred in the Ordinary Course of Business since the respective date hereof….

といったパターンが一般的ですが、このように売主側に「別途開示したもの、バランスシートに記載されているもの、日々の業務で発生する債務を除いて、いかなる債務も負担していない」と表明保証してもらうことで、これに反する事態が発生した場合は、補償やクロージング義務の免除といった買主の救済につなげていくという仕組みです。

さて、ここで、このNo Undisclosed Liabilities RepresentationのCarve Out事由(例外事由)について見ておきたいと思います。まず、上記の例でも見られるように、売主が別紙(Disclosure Schedule)で開示した債務、バランスシート上に記載されている債務、Ordinary Course of Businessで発生した日常的な債務については、表明保証の範囲外とされるのが一般的です。その他、MAEのレベルに至らない「重要でない債務」についても除外されるケースがあります。この場合、何をもって「重要でない債務」と言うのかについて解釈問題に発展しやすいため、実務上は安易に用いない方が良いと考えますが、もしも「重要でない債務」を除外事由とするのであれば、別紙で内容を特定するなどして、後の紛争につながらないような方法を考える必要があります。

また、もう一点注意したいのは、日本語の契約書でもよく使われる「売主が知る限り」という一言を入れるか否かです。英語では、

To the Company's knowledge, the Company's intellectual property is not subject to any material encumbrances
(訳: 売主の知る限り、売主が保有する知的財産権には何らの担保、負担も付着していない。)

といった書きぶりになりますが、最近では、この「売主が知る限り」という一言は、No Undisclosed Liabilities Representationにはあまり利用されていないようです。売主としては、「知らなかった」と言えれば楽なのでしょうが、買主側から見れば、売主が債務の存在を知らなかったという事態はたやすく容認できるものではありません。実際に知っていたのか、知らなかったのかを巡って、かなり詳細な事実認定も必要となってくるでしょう。よって、「知っていたか、知らなかったか」という問題は抜きにして、非開示債務が出てくれば補償の対象とするといった運用が好まれているようです。

少し脱線しますが、「売主が知る限り」という一言は、<米国におけるM&A契約条項の分析(その3)>で取り上げた「表明保証条項のBring Down」のケースでは効果を発揮しないことがあります。すなわち、例えば、表明保証条項において、「売主の知る限り、売主が保有する知的財産権には何らの担保、負担も付着していない」と書いた上で、これをクロージング時点でも表明保証してもらうことでクロージング条件に落とし込んだとします。一見、有用に見えますが、実は、買主側が契約締結の後クロージング日までに、知的財産権についている負担を発見して売主側に通知すると、その時点で、「売主は知ってしまった」ことになります。よって、この場合、「売主が知る限り」という一言を入れなかったケースと同様に、買主はクロージング義務の履行を拒否できることになります。細かいですが、このように、契約締結時に売主が知らなかったとしても、その後クロージングまでの間に知ってしまえば、結果としてクロージング条件を充たさないことになるケースがあることについては、注意が必要だと言えます。

米国におけるM&A契約条項の分析(その4)

8.MAC条項において将来予測(prospects)を入れるか否か

MAC/MAE条項については以前のコラムで紹介しましたが、最も一般的なMAC/MAEの定義は以下のようになります。

“Material Adverse Effect” means any change, development, effect or condition that, individually or in the aggregate, has effect on the business, properties, assets, liabilities, condition, prospects or results or operations of the Company and its subsidiaries….

ここで、注目すべきは、「将来の業績予測(prospects)に対する重大な変更」をMACの定義に含めるか否かです。将来の業績予測は買主側にとっては重要な問題であり、買収契約締結後に将来の業績が思っていたよりも悪化しそうだということが判明すれば、買主側はディールから撤退したいと思うことでしょう。しかし、業績予測はあくまで予測であって、対象会社のビジネスや資産に現に重大な問題が発生しているケースとは別に扱うべきとも考えられます。そこで、実務上は、「将来の業績予測(prospects)に対する重大な変更」についてはMACの定義に含めない方が普通であり、買主側が交渉上有利な立場に立っているケースで稀に取り入れられる程度に留まっています。

9.MAC条項におけるCarve Out事由(例外事由)

MAC条項におけるCarve Out事由については、<MAC条項について(その3)>で扱いましたので詳細な説明は省略しますが、対象会社が属する業界のマーケット全体が低迷している場合や、その国または世界全体の経済が悪化している場合については、MACに該当しないとするのが一般的な傾向です。では、それ以外にどのような事情がMACの例外事由とされるのでしょうか?

まず、当該M&A契約の発表そのものによって発生した影響(従業員が退職したり、取引先や顧客が逃げてしまった等)については、MACから外されることがあります。ただ、それによって事業の遂行が困難となるケースもありますので、これをMACに入れるか入れないかは半々といったところでしょうか。
その他、GAAPや会計基準の変更、法令の変更によって対象会社の業績評価や今度の事業運営のあり方に重大な変化が発生した場合についても、これは対象会社に帰責できないものですから、MACから外されることがあります。また、MAC条項がもともとアメリカのテロ事件をきっかけに近年流行りだしたということもあって、テロと戦争によって対象会社の事業に重大な悪影響が発生したケースについてもMACから外される場合があります。

MAC条項におけるCarve Out事由は、ここ数年でより頻繁かつ具体的に契約書に盛り込まれるようになってきたと感じます。一旦「買う」と合意しながら後に撤回するのは例外的処理になりますので、その例外の範囲を狭める方向で実務が動きつつあるのは、自然なことなのかも知れません。

10.Financing Out Condition

買主側は通常買収のために借入れも起こしますが(そのときに締結するのがDebt Commitment Letter)、その借入れが実行されない限り、買主は買収を完了させる義務を負わず、プライベート・エクイティ・スポンサーもEquity Commitment Letterに定められた出資義務を履行しなくてもよいとする条項が、Financing Out Conditionです。
近年のM&A実務においては、このFinancing Out Conditionを契約に盛り込むケースが非常に増えており、ここ1~2年ではほぼ100%入っているのではないかと思われます。

米国におけるM&A契約条項の分析(その3)

6.紛争が起きた場合の処理

まず、補償の対象となる損失が発生した場合、補償の実行を唯一の救済手段(Exclusive Remedy)とする旨合意するケースが非常に増えています。とりわけバイアウト案件では、買主であるファンドは紛争が長期化することを好みませんので、当事者間で合意された補償条項に従って一定の金額を受け取ればそれでよしと考える傾向があります。
ただ、損失額がいくらか、Capの例外事由に該当するか否かといった問題を巡って当事者間の話し合いでは解決できない紛争に発展するケースも発生します。このような場合には、いきなり訴訟提起をするのではなく、まずADR(裁判外紛争解決手段)を利用することを契約書で取り決めておくことが通常です。ADRの手法として最もポピュラーなのが仲裁で、この場合、「裁定に拘束力を持たせて、当事者はその内容を争わない」と合意しておくことが多いようです。その他、調停手続を利用することを合意しておくケース、まず調停、次に仲裁といった手続の流れを詳細に規定しておくケースなどが見受けられます。

7.表明保証条項のBring Down

表明保証条項については、クロージング条件の一つに組み込まれることがありますが、これは、表明保証条項をクロージング条件に落とし込むという意味で、"Bring Down" Conditionと呼ばれています。ただ、表明保証条項違反が全てクロージング義務の免除や延期につながるわけではありません。一定の重要問題だけが買主側のクロージング義務を免除または延期させると定められるのが通常です。このBring Down Conditionについては、日本の実務でも利用されており、その際には、「重要な側面において真実」とか「重大な悪影響を与えるものについては」といった表現で限定を付することが多いですが、米国流にこれを整理すると、以下の3パターンに分けられます。

①  MAE(Material Adverse Effect、重大な悪影響)が発生しないことが合理的に予測される事項についてはクロージング義務に影響を与えないとした上で、MAEが発生することが合理的に予測される事項については、全ての重要な側面において(in all material respects)表明保証事項が正確であって初めてクロージング義務が発生するとするパターン
②  MAEが発生することが合理的に予測される事項については、全ての側面において(in all respects)表明保証事項が正確であって初めてクロージング義務が発生し、MAEが発生しないことが合理的に予測される事項については、全ての重要な側面において(in all material respects)表明保証事項が正確であって初めてクロージング義務が発生するとするパターン
③  MAEが発生することが合理的に予測されるか否かに関係なく、全ての重要な側面において(in all material respects)表明保証事項が正確であって初めてクロージング義務が発生するとするパターン


一見細かいですが、要約すると、表明保証した事実のうち重要なポイントのみを問題視する発想と、その事実が対象会社の事業などに与える影響のうち重大な悪影響のみを問題視する発想の組合せであると言えます。MAEという概念が流行している最近の実務では①が最も多く見られ(*1)、次に②がよく見られるようです。

なお、表明保証を行なう「時点」として「クロージング時」を外すことはまずありません。ただ、「契約締結時およびクロージング時」とするパターンと、単に「クロージング時」とするパターンの両方があります。参考までに、最もよく利用されている前者のパターンにおける英文例は、以下のようになります。
All of Seller’s representations and warranties in this Agreement must have been accurate in all material respects as of the date of this Agreement, and must be accurate in all material respects as of the Closing Date as if made on the Closing Date.

このようにクロージング時点でも同様に表明保証をしてもらうことで買主側は安心しますが、売主側は、逆に、契約締結時には表明保証できるがクロージング時には同様の状態が継続していることを保証できない項目についてピックアップし、買主側に表明保証を「契約締結時」に限るよう求める必要があります。例えば、契約書に添付される従業員リストの内容などは、クロージングまでの間に変動することが十分ありえます。よって、こういったものについてまでクロージング時にも正確な情報であると表明保証すれば、売主側は過大な義務を負担してしまったことになります。表明保証条項のBring Downについては、表明保証対象事項を一つ一つチェックした上で合意に至る必要があると言えるでしょう。


(*1) アメリカの実務では、クロージングの条件として「対象会社の業績に、最終の財務諸表作成日以降重大な悪影響が発生していないこと」を明示的に入れるのではなく、表明保証条項をクロージング条件にbring downする方式のことを"Back-door MAC"と呼んでいます。

米国におけるM&A契約条項の分析(その2)

3.補償条項(Indemnity Clause)におけるCarve-Outs(例外的取扱い事由)

補償金額にはCapを設けるのが一般的だと前回のコラムで書きましたが、いかなる事由に基づく損失もCapによってその補償が一定範囲に限られるとすると、買主側が不測の損害を被ることがあります。そこで、特定の事由に基づく損失については限度なく補償されると当事者間で合意しておくことが一般的です。よく見られるケースは、基本的な表明保証条項違反(表明保証の対象は様々ですが、インパクトの大きい事柄については、違反時の損失を上限なく補償してもらわなければ安心して取引ができないため)、後日発覚した未納・滞納税、環境問題、契約締結後クロージングまでの約束事項(コベナンツ)違反などです。当事者としては、契約締結交渉時に、損失が甚大になるおそれのある問題をピックアップしてCapの対象外とするよう交渉を進める必要があります。

4.補償条項(Indemnity Clause)におけるBasket(バスケット)条項

細かい問題、僅かな損失が発生する度に補償の対象とするのは実務上煩雑ですので、M&A契約においては、「一定限度額を超えて初めて補償の対象とする」旨合意することが一般的です。これをバスケット条項と言いますが、バスケット条項には以下の二種類が存在します。

① 一定金額を超えて初めて補償条項が適用されるが、その場合には、一定金額を超える部分のみ補償されるとするもの
② 一定金額を超えて初めて補償条項が適用されるが、その場合には、損失の全額が補償されるとするもの


実務上はほとんどが①のパターンであり、また、基準となる金額については、買収対価の1%弱が多いようです。

5.補償条項(Indemnity Clause)におけるSurvival(存続)期間

補償条項は通常、一定の期間を過ぎれば失効します。これは、特に売主側を長期間不安定な地位に置くことは適当ではないと考えられること、および、何か問題が発生するのであればクロージング後せいぜい2年程度で判明するであろうという経験則に基づきます。ただし、実務上、この存続期間が設定されない契約も見かけますので、当事者の交渉次第とも言えます。
存続期間として最もよく見られるのが12ヶ月から18ヶ月程度だと思われますが、1年未満や2年とするケースもあります。売主側がバイアウト後に解散するようなケースでは短い期間を設定せざるを得ないものと思われます。

なお、この存続期間についても、Carve-Outs(例外的取扱い事由)を設定するケースが少なくありません。例外とされる事由は、やはり未納税金(*1)、環境問題、基本的表明保証条項違反(そもそも契約締結の権限が存在しなかったケースや、重要な資産の所有権を売主が有していなかったケース等)などであり、この場合、無期限に補償対象となるとするパターン、長めの期間を設定するパターン、法律上の時効が成立するまでとするパターンに分けられます。


(*1) 細かくなりますが、予測していなかった税支払いが発生した場合には、Tax Benefits(還付税等)との相殺を認める条項にするケースが見受けられます。また、税の問題とは関係ありませんが、例えば、重要資産が消失したことによって保険金が支給されるケースでは、損失額から保険金額を控除した残額についてのみ補償の対象とするパターンが多いようです。

米国におけるM&A契約条項の分析(その1)

弁護士も当事者も、「最近世間では一体どんなディール・テクニックが利用されているのだろうか」ということが気になります。ディール・テクニックは、必ず何らかの理由があって開発され利用されていますので、自分たちの案件が抱える問題点の解決に他社の事例が役立つ可能性があるからです。そこで、今回から数回のシリーズで、米国のPrivate Equity案件(バイアウト案件)(*1)において近年利用されている各種契約条項の「流行」を追いかけてみたいと思います。なお、フォローできる案件に限界があるため、データとしては必ずしも正確でないことをご了承ください。また、アメリカの実務は日本の法制度や文化に馴染まないこともありますので、その点もご注意いただければと思います。

1.買収価格の修正条項(Purchase Price Adjustment)

買収案件における最もシンプルな対価の定め方は、「T社の株式を総額1,000億円で買い取る」といった対価確定型ですが、契約書の締結からクロージングまでの間、あるいはクロージング直後の半年や一年といった期間において対象会社の業績が変動した場合、契約書締結段階で決めておいた買収価格が結果として高すぎた(安すぎた)ということになる場合がありますので、双方合意の上で適切な調整を行なうべく、買収対価を後で修正できる条項を入れるケースが増えています(感覚的には、バイアウト案件ではほとんどのケースで価格修正条項が採用されているように思います)(*2)。

修正の基準となる数値としては、Net Assets(純資産)、Income Statement(損益計算書)、Inventory(在庫)などが使われるほか、最も頻繁に利用されるのがNet Working Capital(正味運転資本)です。なお、買収対価を決める要素はケース・バイ・ケースですので、価格修正の理由となる事象もケース・バイ・ケースであり、上記に挙げた要素以外にも対象会社特有の事情が契約書に盛り込まれることがあります。

なお、価格修正については、買主にだけその権利が与えられるとは限りません。おそらく過半数のケースにおいて、当事者双方に価格修正権が与えられていると思われます。すなわち、買主側に特定の場合における減額権が与えられるのであれば、売主にも増額権が与えられることがフェアであると考えられるため、対象会社の企業価値等の変動に応じて、買収対価が上にも下にも修正されうるということになります。

2.補償条項(Indemnity Clause)における上限額(Cap)

いわゆる補償条項においては、通常、Capを設けます。近年のバイアウト案件でCapを設定しないケースはほとんどないと思われ、Capを設定するケースでは、通常、買収価格の数%から20%程度の数値が利用されているようです。ただし、これもケース・バイ・ケースであり、買収価格と同額のCapを設定するケースもないわけではなく(ただし、稀です)、また、買収価格が高くなればCapのパーセンテージが高くなる、低くなるといった関係もあまり明確には見受けられません。

なお、多くのケースでは、いざ補償が必要となった場合に売主側に支払うお金がなかったということにならないように、当事者で合意した金額をEscrow(エスクロー口座)に入れて別途管理する運用がなされています。


(*1) Private Equity案件とは、プライベート・エクイティ・ファンド(Kohlberg & Co., Texas Pacific Group, Merrill Lynch Capital Partners, The Blackstone Group, Warburg Pincus LLPなど)が非上場会社を買収する案件を指します。
(*2) 価格修正条項を入れない場合には、対象会社がクロージングまでに予定されていなかった配当を行なったり、通常の業務態様(ordinary course of business)を超えて大きな買い物をしたりしないように、別途コベナンツ条項で制約を課す必要が出てきます。

独禁法改正案について

2008年3月11日付けで独禁法改正案が閣議決定されていますが(*1)、<M&Aと独禁法(その2)>において、

【(1) 独占禁止法第4章に係る届出・報告制度の見直し
○ 会社等の株式取得につき、合併等の他の企業結合と同様に事前届出制度とする。
○ 我が国市場に影響を及ぼす外国会社に係る企業結合に関し、届出基準を見直す。
○ 親子会社間及び兄弟会社間のみならず、いわゆる叔父甥会社間の合併等についても、届出を免除する。】


という公取委の方針のみ記載し、最終的な改正案を紹介できていませんでしたので、ここで簡単にフォローしておきたいと思います。

独禁法改正案の内容としては、課徴金の適用範囲の拡大、カルテルの主犯格事業者に対する課徴金の割増算定率の導入、課徴金減免制度の拡充、課徴金納付命令等に係る除斥期間の延長など多岐に亘りますが、ここでは、企業結合規制の見直しについてのみ触れます。

企業結合規制関連の改正案は、以下の二点に集約されます。

① 株式取得を事前届出制とした上で、届出基準を見直す。
② 合併等の届出基準を見直し、届出免除範囲を拡大する。


1. 株式取得について

これについては、もともと事後報告で済んでいた「会社の株式取得」について、合併等の他の企業結合スキームと同様に事前届出制とするもので、届出基準は以下のとおり見直すものとされています。
 
現行
改正案(国内会社・外国会社ともに)
株式取得会社
会社並びにその直接の国内の親会社及び子会社の総資産の合計額100億円超等
企業結合集団(*1)の国内売上高の合計額200億円超
株式発行会社
単体総資産10億円超(国内会社の場合)
会社及びその子会社の国内売上高の合計額20億円超
(*1) 株式取得会社の属するグループの「最終親会社」およびそのすべての子会社(実質支配力基準による)から成るグループ。

また、現行法では、当該取引により、議決権保有割合が、10%以下から10%超、25%以下から25%超、50%以下から50%超に増加することをメルクマールとして事後報告義務が発生しますが、改正案では、これを、「企業結合集団ベースで、20%以下から20%超、50%以下から50%超」という二段階式に簡素化しています。

2. 合併、分割、事業等の譲受けの届出基準の見直しについて

現行法の基準については、<M&Aと独禁法(その3)>をご覧ください。ここでは「総資産」ベースで、「100億円、10億円」という数字が出てきますが、この数字が、「国内売上高の合計額」ベースとなり、かつ、金額がそれぞれ「200億円、20億円」に引き上げられます。また、改正案では、届出基準の算定対象範囲は、株式取得のケースと同じく、原則として企業結合集団とするとされています。

また、外国会社についても、国内会社と同様の届出基準を適用されることになるほか、いわゆる叔父甥会社間の合併等同一企業結合集団内の企業再編については、届出が免除されることになります。

なお、企業結合規制そのものではありませんが、公取委自身が行う審判制度の存続を巡っては昨今いろいろな意見が出ていますので、折を見て取り上げてみたいと思います。

(参考)
・ 改正案の概要:http://www.jftc.go.jp/pressrelease/08.march/08031101-01-besshi.pdf
・ 改正案の新旧条文対照表:http://www.jftc.go.jp/pressrelease/08.march/08031101-04-betten3.pdf


(*1) この改正案の成立は今国会中には難しそうですので、秋の臨時国会に注目したいと思います。

DCF法の最大有効活用方法

前回までのコラムで、DCF法の基礎を勉強しました。これで、フィナンシャル・アドバイザーがDCF法を用いて算出した数値の意味や、そこで用いられているWACCやβ、ターミナル・バリューといった言葉の意味も分かります。しかし、M&Aを成功させるためには、それだけでは足りないように思います。

日本でもアメリカでも、DCF法は、「会社が決めた買収価格の正当性を裏付けるために、フィナンシャル・アドバイザーに依頼して分析してもらうときに使われる買収価格算定手法」として捉えられることがあります。これは一面において事実ですが、DCF法を使って自分で数字をはじき出してみると、「思いのほかシナジーをたくさん発生させないと、想定している買収価格が割に合わない」ことが分かります。想定されている買収価格に到達させるためには、予想フリー・キャッシュフローを増やすか、割引率を下げることになりますが、キャッシュフローを増やすには経費削減か利益増加を計画せざるを得ず、また、割引率関係については常識外れのパーセンテージを用いるわけにもいきません。

ここで、もし、会社の業務担当者が自らDCF法を用いて数字をはじき出せば、取締役会において会社の役員に対して選択した数値の正当性を自ら説明しなければなりませんので、買収価格を下げない以上、統合後の経営を相当頑張らないといけないことを具体的な事業計画と共に立証しなければならなくなります。これは、その次のプロセスにおいて、会社経営陣から株主に対するアカウンタビリティ(説明責任)の充実にもつながります。

逆に、もしも、フィナンシャル・アドバイザーが分析して会社に持ってきてくれた結果を見ただけで、自らは計算しなければ、おそらくは誰もDCF法の結果について責任意識を感じないのではないでしょうか?これが自ら設定した「経費削減」数値だったり、予想フリー・キャッシュフローだったりすれば、経営統合後にそれを達成できているかどうか、じっくりと検証することができます。達成できていなければ、M&A時の分析が甘かったのか、統合後の経営努力が足りないのかといった議論に発展させることもできます。それこそが会社の事業部やマネジメントが自らDCF計算を行なう意味だと言えます。

更に重要なのは、「買収や統合の前後で、事業計画を分断しない」ということです。他社を買収する際に、シナジー効果を一定程度見込み、経費削減や利益増加計画などを立ててようやく正当化された買収価格なわけですから、買収や統合後に、新体制となった経営陣がゼロから経営計画を立ててしまうと、そこで責任が分断されてしまいます。思ったほど成果が上がらなかった場合、新経営陣は、「買収時の価格設定が無謀だった」と言うことができます。他方、買収時のチームは、「新経営陣の頑張りが足りない」と批判することでしょう。そこで、理想的なのは、買収・統合後の経営陣が買収チームに入って、自らDCF計算を行なうことではないでしょうか。あるいは、それが無理な場合でも、買収時に行なったDCF分析をそのまま新体制における経営計画とする方法も考えられます。

また、別の話になりますが、株式譲受方式で対象会社を買収会社の子会社とした場合、買収プレミアム(のれん)は、親会社の経理部が連結財務諸表を作成する際に貸借対照表上の子会社株式に計上して初めて数字に表れてきます。したがって、通常、連結ベースではない管理会計上は、買収プレミアムを意識しにくい構造になっていると言えます。M&A契約の直前まであれほど注目されていた「買収プレミアム」が、M&Aクロージング以降は忘れ去られる可能性があるのは、こういった会計上の処理手順にも原因があります。

以前のコラムで、「M&Aでは買収・統合後が本当にしんどい」と書きました。私自身、買収時に自らDue Diligenceを行なったり契約交渉を行なうという形で関与し、そのまま買収後も新会社のリーガルアドバイザーとして相談を受け続けていると、次から次へと問題が発生し、利益も思ったほど上がらないという現実に直面し、あの買収価格は正しかったのか、そもそもこのM&Aは正しかったのかと自問自答することがあります。責任の押し付け合いを回避し、関係者が一丸となって想定していたシナジー効果を発揮させるには、少なくとも、買収前の関係者も買収後の関係者も同じエクセル表の上で議論しなければなりません。一つのDCF分析を元に議論して初めて、新しく入ってきた人たちや、株主に対しても、統一的で分かりやすい説明ができるものと思います。それがM&AにおけるDCF法の正しい利用方法であると考えています。

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