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井垣太介 (Taisuke Igaki)

Author:井垣太介 (Taisuke Igaki)
日本及び米国NY州弁護士
 @西村あさひ法律事務所

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会社は誰のものか?

さて、日本の企業において「Principal-Agent関係」と言うときのPrincipalとは誰だと考えるべきでしょうか?

この点、欧米においては、株主と企業経営者との関係=「Principal-Agent関係」として捉えられ(すなわち、株主がPrincipal)、Agency問題の発生を解決する方法としてガバナンス制度の在り方が議論されてきたと言えます。他方、日本では、今でもなお、「会社は誰のものか」という議論について決着が見られていません。

そもそもアメリカでは、「会社は株主のものである」と言うときの「株主」は「投資のために株を買った人たち」という位置付けであり、経営の素人であるから、所有と経営の分離は徹底していた方が良い、よって、株主には法令と定款で定められた権利のみ(主に取締役の任免権)を与えることで足りるという考え方に立った上で、だからこそ、膨らみがちなAgency Costを抑えるための方策が試行錯誤されてきたという経緯があります。他方、日本では、大陸法から輸入した株主総会万能主義については約60年前に廃止されたものの、未だに「困ったときは株主に決めてもらおう」という発想が残っているように思います。また、機関投資家が古くから「もの言う株主」として活動してきたアメリカと異なり、株式持合いとメインバンク制がインサイダー型ガバナンス体制を作ってきた日本では、株主総会は長期間形骸化していました。よって、「取締役に大幅に権限委譲した以上、Agency問題を解決しなければならない」というアメリカ型発想も出てきにくく、他方、株主に権限が残されているにも拘らず株主総会が形骸化していた結果、Agency問題自体に株主が気付かない、あるいは気付いたとしてもメインバンクの指導によって解決してきたという歴史があると思われます。そこで、今改めて「会社は誰のものか」という議論が再燃しているのではないでしょうか。

このような状況の中で、近年の日本では、「アメリカのようにAgency理論におけるAgency Costの最小化を追求してもきりがないから、そろそろ抜本的な考え方の転換が必要である。経営者は株主の代理人であるという発想から抜け出して、経営者が株主そのものになるという発想の転換を行い、経営者の報酬を株式で支払うようにすべき」といったドラスティックな意見が出てきたり(*1)、「取締役の内面的倫理性を外からチェックすること自体がそもそも難しいことであるから、一番重要なのは経営者自身がガバナンスに対する意識を高めることである」(=Agent自身の成長を期待する)といった経営者サイドからの意見も聞かれたりします。

しかし、前者の見解に対しては、経営者=株主となってしまうと「株価至上主義」に陥る可能性があり、それによって発生する問題も小さくはない(数字に表れやすい「投資利益を基準とした投資プロジェクト」を優先し、長期的な技術開発や従業員訓練、取引先との関係構築といった数字に表れにくい活動に対する投資が控えられることによる弊害など)(*2)、また、日本では未だ不十分な少数株主保護の問題が今まで以上にクローズアップされることになるといったコメントが可能であると思います。また、後者の見解に対しては、経営者全員がそのような意識を持つことは素晴らしいことではあるが、コーポレート・ガバナンス論自体は、あまり優れていない経営者が出てきたときにその専横をいかにして防ぐかという議論であるから、「上手く行っていない会社」を想定して議論すべきであるというコメントが可能ではないかと思います。確かに、Agency理論は経済学の理論であり、「(特に日本では)社会的存在として捉えられている会社」を分析する理論としては完全ではないと思いますが、これを時代錯誤の理論として(あるいは法と経済学的発想自体に反対であるとして)片付けるべきではなく、一つの判断枠組みとして利用することはなお有用であると考えています。

さて、Agency理論について現在議論する場合、株主のPrincipal性について否定することはなかなか困難であると感じます。1980 年代初めにおける日本企業(製造業)の負債比率は自己資本比率を大きく上回っていましたが(負債比率80%程度)、その後、負債比率は下がり続け(=自己資本比率は上昇し続け)、2005年には自己資本比率が50%を上回りました。これは、1980年代から2005年まではメインバンクを始めとする金融機関が会社に活動資金を提供している最大のPrincipalであったのに対し、ここ数年でその地位を株主が承継したことを意味すると考えます。もちろん、会社には従業員、取引先、社会といったステイクホルダーが存在しますので、これらステイクホルダーの利害を無視してよいということではありませんが、やはり会社の活動を支える資金提供者をPrincipalと捉えざるを得ないのではないでしょうか。

しかし、株主をPrincipalと捉える理論(株主資本主義、株主主権論にも近似)の欠点を補うのが近年注目を集めている「企業の社会的責任」(CSR)論です。株主と異なり持分を売却して会社を去るということが簡単にはできない従業員(とその家族)を始めとし、債権者、取引先や地域社会、果ては地球環境によって影響を受ける世界中の人々についてまで、企業はその利益を守る社会的責任を負っていると考えるべきですが、その社会的責任を、Agency理論におけるPrincipalの利益保護と同レベルに重要視するのが日本の目指すべき道ではないかと思います。日本はもともと金融収益ではなくモノ作りで経済を発展させてきた国ですから、Principalである株主のためにいかにして株価を上げるかを考えるだけでは方向性を誤ると感じます。近年は、CSRやコーポレート・ガバナンスですら、消費者に対するイメージ向上を狙い、顧客誘引力を上げるため、ひいては株価を上げるための一手段と捉えられる傾向もありますが、そうではなく、社会の持続的発展を目的とした将来への投資として真剣に考えなければならないと思います。この点では、「会社は誰のものか」という議論に決着が見られていない日本の方が、「会社は株主のものである」と比較的明確に位置づけられているアメリカよりも一歩先に進んでいるのかも知れません。


(*1) http://www.jacd.jp/keyword/041024_01key.html
(*2) 関連図書として: アラン・ケネディ「株主資本主義の誤算」(ダイヤモンド社)
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監査役制度の行く末(その3)

前回のコラムで、日本の「業務執行者の監督制度」のあるべき方向性に関する議論としては、以下の3種類が存在すると書きました。

① 取締役(会)の監督機能を強化する案
② 監査役(会)の監督機能を強化する案
③ 委員会設置会社をより活用しようとする案(上記①案の一つの具体化)


これらのうちいずれが日本に最も合っているのか、いずれが最も優れた監督制度であるのか?・・・この問題について検討するに当たって、まず、企業活動に関わる人々の行動を分析するために1970年代からアメリカの経済学者によって提唱されているAgency理論についておさらいをしておきたいと思います。

Agency理論とは、主たる経済主体(Principal)とその経済主体の為に活動する代理人(Agent)が存在するケース(雇用主と従業員、株主と経営者など)を念頭に置いた上で、「一般的に、代理人は経済主体の利益を最大化するために活動することが期待されているものの、両者の利害は必ずしも一致するわけではなく、代理人が自己の利益を優先したり、両者の情報格差によって経済主体が不利益を被る可能性があるため、代理人が経済主体の利益に忠実に行動するようインセンティブを設定し、経済主体が代理人の行動をモニタリング(監視)する必要が発生する」・・・といった、「いかにしてAgentをPrincipalの思うとおりに動かすか」を巡る一連の議論のことを言います。ここで、インセンティブやモニタリングコストのことをAgency Costと呼びますが、アメリカでは、このAgency Costを最小化するためにどのようなコーポレート・ガバナンス体制が最も良いのかという議論が延々となされてきたわけです。エンロン事件の後に発生したSOX法の制定、取締役の独立性要件の強化も、これらの動きの一環と言えます。

さて、アメリカもドイツも、Agency理論との関係で言えば、二段階構造のPrincipal-Agent関係と言えます。すなわち、株主が、その代理人としての取締役(アメリカ)または監査役(ドイツ)を選任し、更に彼らが業務執行担当代理人としてオフィサー(アメリカ)または取締役(ドイツ)を選任するという構造です。ポイントは、いずれも、PrincipalがAgentに対する任免権を有しているという点です。対して日本では、一段階しかありません。株主が取締役を選任するというシンプルな構造です(代表取締役は取締役会で選任されるものの、代表取締役と取締役会は業務の決定機関・執行機関が一体化したような存在と言えますので、ここがPrincipal-Agent関係であると評価することはできない場合が多いと思います)。しかし、株主の数が増えたり、会社の規模が大きくなると、(「株主総会の形骸化」が問題視されて久しいように)Principalである株主がAgentである業務執行者の業務をチェックするというのはおよそ不可能になります(取締役会による監督機能については自己監査であって期待できないという前提に立っています)。そのために日本はこれまでの法改正の中で、情報開示を促進し、監査役の権限を強めてきたわけですが、監督者に執行者の人事権がない以上、結局、「一段階構造のPrincipal-Agent関係」の範疇からは抜け出せていないと考えます。「一段階構造のPrincipal-Agent関係」では、監督者と執行者が一体となってしまって適切なガバナンスが効かせられない以上、上記②案で行くならば、基本的な要素として、監査役に取締役の人事権(取締役候補を決定して株主総会に提出する権利)を与えて、二段階構造に持っていくことが必要だと考えます。

①案で行く場合は、取締役の独立性を強く要求することで、取締役会の監督機能が高まることは考えられるものの、依然「一段階構造のPrincipal-Agent関係」からは抜け出せないため、それだけでは不十分であろうと思います。そこで、例えば、日本コーポレート・ガバナンス・フォーラムの「新コーポレート・ガバナンス原則」は、以下のような提案を行っています。

「監査役会設置会社にあっても、任意機関ではあるが、報酬委員会および指名委員会その他の委員会を設置するものとし、その委員は原則として取締役の中から取締役会の決議により選定するが、必要があると認めるときは、業務執行者から独立した社外の専門家を委員とすることもできる。その上で、報酬委員会は、3名以上の委員をもって組織し、その委員の過半数は社外取締役とする。報酬委員会は、定款または株主総会の決議をもって決定された取締役報酬の配分を、取締役会の業績評価をも勘案して行う。指名委員会は、3名以上の委員をもって組織し、その委員の過半数は社外取締役とする。指名委員会は、業務担当取締役以外の取締役がその委員の過半数を占めるものとし、取締役の選任議案の起草、業務執行者の選任・解任にかかる取締役会決議案の起草を行う。取締役会は、指名委員会の作成した原案をもとに、取締役選任議案ならびに業務執行者の任免について決議を行う。」

これは、任意機関である以上、委員会が作成した原案には最終的決定機関である取締役会に対する拘束力がないことを理解した上で、監督制度にとっては最も重要な人事権に関し、取締役の恣意的・利己的活動を事実上抑制しようとする趣旨であると思われます。立法や裁判所による法創造には時間が掛かることから、制度間競争が決着し法ルールが落ち着くまで、民間主導で自主的にベスト・プラクティスを作っていこうとする動きであるとも評価できます。上記提案はまさに苦肉の策であり、実際にこのようなプラクティスを導入することで、ガバナンス評価も向上するのだろうと思いますが、法的権限を有しない任意の委員会では限界があるだろうとも感じます。

最後に、③案ですが、これは今後実務に定着させていく価値のある制度ではないでしょうか。一番大きいのは、監督者的立場にある委員会に取締役(取締役と執行役の兼任が多い現状では、結果として執行役も含む)の人事(報酬とポジション)決定権限が付与されているという点です。その結果、二段階構造のPrincipal-Agent関係を構築できることになります。

②案に従って、監査役に取締役の人事権を与えるか、③案を推し進めて、現状で指摘されている問題点を一つ一つ解決していくか、そのいずれかが「監査役制度の行く末」ではないかと考えます。もちろん、委員会設置会社で必要とされる「社外取締役」という概念については、監督機能という観点からは不十分であって、「独立性」を重視すべきだという議論も並行してなされるものと思いますが、「一段階構造のPrincipal-Agent関係」を変えないままで独立取締役制度を導入しても(よほど株主自身の監督能力を高めない限り)限界があると思いますので、まずは、人事権を監督者に与えて二段階構造にすることがポイントだと考えます。

なお、話の順序が逆になりますが、そもそも企業において「Principal-Agent関係」と言うときのPrincipalとは一体誰なのでしょうか?・・・これについては、「会社は誰のものか?」というタイトルで、次回のコラムで述べたいと思います。

監査役制度の行く末(その2)

前回のコラムで述べたように、日本の「業務執行者の監督制度」のあるべき方向性に関する議論は混沌としているように見えるわけですが、発想の種類としては、以下のように整理できると考えます。

① 取締役(会)の監督機能を強化する案
② 監査役(会)の監督機能を強化する案
③ 米国型委員会設置会社をより活用しようとする案(上記①案の一つの具体化)


①案について
①案は、社外取締役/独立取締役に期待する立場です。例えば、<日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム>(落合誠一理事長)は、2006年12月15日に公表した<「新コーポレート・ガバナンス原則」>において、
「会社法上、社外取締役の選任が必要となる委員会設置会社はもちろん、社外取締役を任意に選任するそれ以外の会社にあっても、社外取締役は取締役会の業務執行者に対する監督機能の主たる担い手となることが期待される上に、取締役会としての意思決定の公正確保の観点からも重要な役割を果たしうる」
とした上で、
「第1に、監査役会設置会社の取締役会は、社外取締役が法律上要求されているわけではないが、取締役会の監督機能を担保するものとして、独立性を有する社外取締役が2人以上含まれ、委員会設置会社の取締役会は、その構成員の過半数が独立社外取締役でもって構成される。」(ことが望ましい)
「第2に、社外取締役は、会社法上の社外取締役の要件を充足するだけでなく、その役割に相応しい実質的な独立性を具有することが求められる。したがって、親会社や主要な取引先等の取締役または使用人が子会社、特に上場子会社の社外取締役を兼務すること、取締役の相互派遣等はこれを避けるものとし、社外取締役の就任期間は継続して5年を超えない。」(ことが望ましい)
と述べています。
ここでのポイントは、①独立取締役制度(取締役の独立性を問題とし、独立取締役を一定割合以上確保することを要求する制度)の導入、②監査役会設置会社にも社外取締役を要求、③委員会設置会社にはNYSE基準と同じ「過半数が独立取締役から成る取締役会」を要求、の3点になります。いずれも、取締役会自体の業務執行監督機能を大いに期待する方向性での改革案であり、アメリカ型を志向するものであると考えます。

②案について
②案は、これまでの度重なる商法改正によってもその向上の度合いに疑問が呈されてきた監査役の監督機能を何とかして高めたいと望む立場です。しかし、日本の監査役制度は他国に例を見ないことから、その改革となると、上記①案のように他国の制度を参考にして・・・というわけにも行きません。そこで、大杉謙一中央大学教授が「監査役制度改造論」というタイトルで述べておられるように(*1)、「その半数以上が社外出身者である監査役」(*2)が「業務執行を行わない取締役」を兼ねることを認める(あるいは要求する)方法によって、当該監査役に取締役会での議決権を与え(とりわけ取締役と監査役の選任議案について関与する権限を与える)、監査役が取締役の人事に関与し、かつ妥当性監査まで行えるように持って行くといった「改造案」を考える必要が出てきます。ここでのポイントは、監督者の人事に業務執行者の意思を介入させないことも重要ですが、何よりもまず「監督者に業務執行者の任免権を与える必要がある」ということです。久保利英明弁護士が、日本の監査役制度は「人事と予算により武力を掌握したものが、常に圧倒的な優位に立つという大原則を無視している」、「カネとポストの配分権限を握られてなおかつ監査・監督することを期待するのは無理」などと述べておられるように(*3)、何十年にも亘って形成されてきた取締役と監査役の上下関係をひっくり返す必要があります。それを端的に表現すれば、監査役が取締役を選任するドイツ型が良いのではないかということです。大杉教授の上記改造案は、ドラスティック過ぎる変更とならないよう、監査役をまず取締役会のメンバーにしてしまう経過措置的アイデアと言えますが、②案を突き詰めていけば、株主総会→監査役→取締役というドイツ型二層制監督制度に行き着くものと考えます。

③案について
③案は、平成15年から導入されている委員会設置会社を当初の理念どおりに有効に活用していこうとする立場です。委員会設置会社に移行すれば、監査役は存在しなくなり、アメリカ同様、「監督者としての取締役」と「業務執行者としての執行役」が生まれますので、社内体制は大きく変わりますが、委員会設置会社では取締役が執行役を選任しますので、上で述べた「監督者に業務執行者の任免権を与える必要がある」という点について解決されることになり、うまく行けば「監査役制度改革」路線よりも大きな効果が得られる可能性があります。

では、いずれの案が今の日本に最も合っており、かつ、監督制度として優れているのでしょうか? 続きは次回のコラムで書きたいと思います。


(*1) 商事法務1796号4頁
(*2) 監査役会設置会社では、監査役の半数以上は「社外監査役」でなければならない(会社法335条3項)。
(*3) 久保利英明「委員会等設置会社と新しいコーポレートガバナンス」(『商事法への提言』落合誠一先生・還暦記念、商事法務、1頁)

監査役制度の行く末(その1)

先週(2008年4月3日)、「東京証券取引所と日本監査役協会は、買収防衛策の導入などで経営陣と株主の利害が対立する場合に、監査役が第三者の立場で仲介や調整を担う仕組み作りに着手した。株主の利益を損ねかねない決定を経営陣が公表する際に、監査役の意見書添付を義務づけるルールなどを検討する。」というニュースが流れました(*1)。

これまで、経産省(企業価値研究会)・法務省は、各種指針において、「独立社外者」に、買収防衛策の導入等に関する「利益相反問題解決機能」を期待するという趣旨の見解を示してきました。この「独立社外者」としては、取締役・監査役・第三者のいずれが適任かといった議論もなされてきたわけですが、ここに来て、監査役に期待しようという動きが出てきたようです。他方で、アメリカを倣って独立取締役制度を導入してはどうかという意見もよく聞かれます。これらはいずれも、「業務執行の監督は誰がどのように行うべきか?」という、コーポレート・ガバナンス全体に関わる古くて新しい(そして難しい)問題に関わっていると言えます。

日本の会社法は元々ドイツ法を母法としていると言われていますが、そのドイツにおいては、日本と異なり、「株主総会で監査役を選任 → その監査役で構成される監査役会が取締役を選任」という二層構造になっています。他方、日本の監査役制度はアメリカの制度とも異なります。すなわち、アメリカでは、「株主総会で取締役を選任 → その取締役で構成される取締役会が業務執行者(Officer)を選任」します(*2)。

ここでのポイントは、ドイツ型、米国型のいずれを見ても、「監視者が、業務執行者を選任する権限を有している」ということです。対して、日本の制度においては、ドイツ型・米国型とは異なり、監視者である監査役(会)が業務執行者である取締役の選任に関わることはありません。一見すると、ドイツのように監査役と取締役の二層構造になっているように見えますが、実態は別であり、日本は独自路線を歩んできたと言うことができると思います。このように、日本がドイツ型も米国型も採用しなかった背景としては、「監査機関が経営者の選・解任権を持つというドイツ型のシステムが我が国の企業文化になじみがなく、現実的でないこと。また、合議制の機関の内部における相互的なコントロールというアメリカ型のシステムが我が国のタテ型社会では機能しないこと」といった点を指摘する見解もあります(*3)。しかし、タテ型社会であれば、現在のように、監視を行う監査役が取締役の選任権限を有しない「監査役・取締役横並び制度」(実際には、取締役が監査役の上位に立つ結果となった)が同じく機能しないのは明らかだったのではないかとも思います。

また、日本は、敗戦後の昭和25年、米国占領下でなされた商法改正において、アメリカ型の取締役会制度を導入しました。アメリカとしては日本の財閥を解体する必要があったために、アメリカ型「所有と経営の分離」制度を導入して大株主から経営権を奪い、代表取締役に代表兼と執行権を、取締役会に業務監督権限を与えたわけです(*4)。また、同じく昭和25年商法改正において、従来監査役に与えられていた業務監督権限が取締役会に移されました。これによって、監査役会は昭和49年改正までの間、会計検査機能のみを与えられ、「社長を監視する強力な監督者」とは懸け離れた存在となってしまいました。

しかし、監査役会から業務監督権限を移された取締役会も、結局、社長・副社長・専務・常務といった役員たちの意思決定を覆せるだけの発言力・監督能力を得ることは出来ませんでした(自己監査の困難性を考えれば当然と感じます)。そこで、昭和49年商法改正によって、適法性監査に限って業務監査権限を監査役に戻し、大会社についてはプロの会計士を会計監査人に選任することを強制しました。その後、昭和56年商法改正で、監査役に報告請求権や取締役会招集権を与え、報酬決定プロセスにおける独立性を強化し、大会社については複数監査役と常勤監査役制度を導入しました。それでも、「社長に支配された取締役会が監査役の候補者を選んで株主総会に提案し、ほとんどの場合異議なく承認される」という慣行も手伝って、監査役の機能強化は期待された程には上がらなかったため、平成5年改正で監査役の任期を3年に延長し、大会社においては監査役会を設置し、監査役は3名以上、うち1名以上は社外監査役でなければならないとされました。更には、平成13年改正によって、監査役の任期は4年となり、これまでの懸案であった監査役の選任プロセスについては、監査役会に意見を述べる権利(取締役会による提案に対する同意権と議題提案権)が与えられました。しかし、事態が大きく改善したかと言われると、イエスと答えるのは難しいのではないかと思います。

以上が、監査役に関する日本の商法改正の歴史ですが、「株主総会が、監督者も業務執行者も選任する」日本型監査役制度については実効性に疑問があるとの指摘が何十年にも亘ってなされてきたわけです。その結果、平成15年4月からはアメリカ型の一元制監督制度に倣った委員会設置会社(当時の名称は「委員会等設置会社」)を選択できるようになりました。しかし、この委員会設置会社に対しても、社外取締役が十分な独立性を有していなかったことなどから発生したアメリカのエンロン事件等の不祥事事件を引き合いに出して、日本の委員会設置会社についても有効に機能するかどうか怪しいという批判がなされたり、社外取締役が代表執行役の支配下に入ってしまえば専横を極めることになるとか、そもそも各委員会の過半数を構成しなければならない社外取締役は日本の経営者マーケットでは容易には見つからないといったマイナスの意見が出されました。

このような混沌とした状況では、これまでオリジナル路線を歩んできた日本の「業務執行者の監督制度」について、維持すべきか、変更すべきか(監査役制度は見限って、制度間競争の中で、例えばアメリカ型「一元制監督制度」に移行すべきか、あるいは独立取締役制度を導入すべきか)という根本的な疑問が沸いて来ます。数多くの論文がテーマとして扱っているとても難しい問題ですが、日本のコーポレート・ガバナンスの根底に関わる大論点ですので、次回以降のコラムで引き続き考えてみたいと思います。


(*1) ソース:http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080403AT2C0201K02042008.html
(*2) アメリカでは、株主総会の下には取締役会しか存在しない(業務執行者と監視者が一つの会議体を作っている)という意味で、株主総会の下に監査役会(監視者)と取締役会(業務執行者)が存在するドイツ型の「二元制」「二層制」と対比して「一元制」「一層制」と呼ばれることがあります。
(*3) 倉沢康一郎「監査役制度改正の必要性」商事法務1311号3頁
(*4) しかし、この際、アメリカ型のOfficer制度は導入されませんでした。

ISSの影響力の大きさについて

米国でM&A実務に携わっていると必ず登場するのがISSです。<ISS(Institutional Shareholders Services)>というのは米国の議決権行使助言機関であり、イギリスの<FTSE>と共同でコーポレート・ガバナンス指数(Corporate Governance Index)を開発し、会社のコーポレート・ガバナンス体制の格付けを行っているほか、株主の利害に影響を及ぼす会社の行動(ライツプラン等)に関して毎年ポリシーを公表し(*1)、会社の行動を(実質的に)コントロールしています。

ISSが公表しているコーポレート・ガバナンス・ポリシーの主たるものは、アメリカ、カナダ、イギリス、香港、シンガポール版ですが、2005年には日本企業の買収防衛策に対する議決権行使ガイドラインも発表しており、彼らが世界のコーポレート・ガバナンスの整備・進捗状況に目を光らせていることが分かります。ISSの最新のポリシーは、2007年11月19日に発表された<US Corporate Governance Policy 2008 Updates>になりますが、たとえば、ここの7頁では、取締役の位置付けに関し、

Current Policy Position: A director who formerly served as CEO of a company is considered to be an affiliated outsider of such company.
New Policy Position: A director who formerly served as CEO of a company, including prior to the company’s IPO, will be considered an affiliated outsider.

(現在のポリシー:かつてその会社のCEOであった者は、「独立性を有しない外部者」に該当する。
新しいポリシー:かつてその会社のCEOであった者は、たとえ会社のIPOの前にCEOであったとしても、「独立性を有しない外部者」に該当する。)

という記載が見られます。「独立取締役の定義」については、アメリカの場合、証券取引所規則が定めているのですが、ISSはその定義を更に詳細に研究することによって、株主から見た場合の理想的コーポレート・ガバナンス体制を提案し、企業にプレッシャーをかけ続けているというわけです。また、企業も、相談を受ける法律事務所の弁護士も、株主の権利やコーポレート・ガバナンスに関連する行動を起こす度にISSのポリシーをチェックすることを余儀なくされているのが現状です(たとえば、クライアント企業にライツ・プランを導入する際に疑問点があれば、弁護士がISSに電話を掛けてポリシーに反しないかを確認します)。ISSと歩調を共にすることで、機関投資家や一般株主からの「思いがけない反対票」をもらうことを回避できる可能性が高まるからです。

また、他の例として、ISSはポイズン・ピルに対するポリシーも発表しています。当該ポリシーは2008年度版Updatesにも2007年度版Updatesにも含まれていないため、<2006年度版>を確認する必要があります。この2006年度版ポリシーの9頁を見ますと、Shareholder Rights Planは、以下の内容を含んでいなければならないと書かれてあります。

① No lower than a 20% trigger, flip-in or flip-over;
② A term of no more than three years;
③ No dead-hand, slow-hand, no-hand or similar feature that limits the ability of a future board to redeem the pill;
④ Shareholder redemption feature (qualifying offer clause); if the board refuses to redeem the pill 90 days after a qualifying offer is announced, ten percent of the shares may call a special meeting or seek a written consent to vote on rescinding the pill.

つまり、ライツ・プランのトリガーは20%未満であってはならない、ライツ・プランの存続期間は3年を超えてはならない、デッド・ハンド型/スロー・ハンド型/ノー・ハンド型は採用してはならない、買収提案がなされて90日が経過してもなお取締役会がライツ・プランを消却しないときは、10%以上の株式を有する株主は臨時総会を招集するか書面決議を採ることによってライツ・プランの消却ができるようなシステムでなければならない(いわゆる"chewable pill")、と定めています。また、ISSは別途、ライツ・プランを取締役会の判断のみで導入することに対しても反対意見を表明しており、取締役会がライツ・プランを導入した際には、その後12ヶ月以内に株主総会の承認決議を得なければならないと述べています。

そして、日本で近年導入が相次いでいる事前警告型買収防衛策においても、上記の「20%」「3年間」「90日」といった基準が多く採用されています(*2)。また、経産省/法務省の<買収防衛策指針>が、デッド・ハンド型を排除し、「取締役会で導入する場合、株主の意思で廃止できる措置を採用する」ことを要求している点も、上記ポリシーと合致します。

議決権行使ガイドラインは、日本でも、厚生年金基金連合会を始めとし、共済組合連合会、年金運用受託機関、投信顧問会社等が定めていますが、抽象的なものが多く(議決権行使に関する裁量の幅を広く残すためと考えられます)、結局、広くポリシーを公表し、CalPERS(カリフォルニア州公務員退職年金基金)やTIAA-CREF(教職員保険年金協会大学退職株式基金)等の巨大年金基金からの相談にも適宜乗っているISS等の議決権行使助言機関(*3)の方針が一番確実だということで、それを横目で見ながら近年日本のM&A/ガバナンス実務が回り始めているという印象を持ちます。また、昨今の外国人投資家の比率の高さを考えれば、彼らが議決権行使の際に依拠しているISSのポリシーを無視できないという現実もあります。

日本のガバナンスにおいては米国の社外独立チェック型が浸透していないことから、(買収防衛策に関して原則として株主総会の承認が必要であるという議論になっていることからも分かるように)米国に比べると、「ガバナンスにおける株主への依存度」が高くなっています。その結果、強い株主意思の反映を目指す議決権行使助言機関のポリシーに従うことは、方向性としては偶々一致しているのでしょう。一点注意したいのは、我々(日本企業や経産省/法務省)が今採用しつつある制度の一部はアメリカからの輸入品であるということです。具体的には、輸入品である以上常に新製品を輸入し続ける必要があり、日本で出版される提言・指針等を追いかけるだけでは株主の趨勢をリアルタイムに追えない可能性がある(その結果、機関投資家から思いがけない反対票をもらってしまう可能性がある)ということを認識するとともに、ガバナンス体制や環境・意識の違いがある国のシステムを導入する際には、「違い」を認識した上でなお有意義と考え導入するという判断が、個々の企業のレベルで求められていると感じます。


(*1) ISSのポリシー全般については、こちらをご覧ください。
http://www.issproxy.com/issgovernance/policy/index.html
(*2) 「買収防衛策の事例分析」(商事法務編)によると、「買収防衛策の有効期間については、1年としているケースが28.3%、2年が15.2%、3年が52.8%、4年以上または定めなしが3.7%となっており、当初1年としていたプランを3年に変更したものも含め、3年とするケースが大幅に増加した」(6頁)、「議決権の割合において20%以上または20%超としているケースが94%」(7頁)、「371社のうち60~90日の検討期間としているものが253社」(7頁)とされています。
(*3) 米国のグラス・ルイス社も、ISSと並ぶ議決権行使推奨機関として有名。

コーポレート・ガバナンス体制が変わりつつあります。

メインバンクシステムの解体、機関投資家の株保有比率の増加、信用格付制度の定着などによって、メインバンクによる審査体制から資本市場による評価体制への移行が進んでいます。責任の所在や投資の動機が不透明なメインバンク制が消滅しつつあることで、「経営計画のコンテスト」「究極のコーポレート・ガバナンス」と呼ばれることもあるM&Aへの親和性が高まってきているのです。

メインバンクが手放した株式の流通性が高まり、これを取得した年金基金やアクティビスト・ファンドは、自らが取得した株式を大量に売却すると株価が下がるために、むしろ「議決権の行使による経営への参画」を好み、その結果としてM&Aに進展するケースも見られるようになりました。

従来の日本企業にとって、株式の対価として振り込まれたお金は、維持コストのあまり掛からない自己資本でしたが、米国では古くから、「最もハイリスクを背負う株主から最も高いリスクプレミアムを期待される外部コスト」という位置付けです。その結果、株主を満足させることこそが、米国型コーポレート・ガバナンスになり、米国企業は株価向上を経営指針の最優先項目に掲げ、その結果起こった株式市場ブームが米国のM&Aブームを巻き起こしました。日本では必ずしも株価至上主義は採られていません。しかし、近年、敵対的買収防衛策に関し株主総会の承認が必要であると言われていることにも既に現れているように、今後は、経営計画の是非は株主に問うべきであるという声が高まり、企業支配権市場、すなわちM&A市場が拡大していくものと考えられます。

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