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井垣太介 (Taisuke Igaki)

Author:井垣太介 (Taisuke Igaki)
日本及び米国NY州弁護士
 @西村あさひ法律事務所

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Top-up Option~Short Form Mergerに持ち込むテクニック~

米国では企業買収のスキームとして合併と公開買付のいずれが好まれているのでしょうか。合併の場合は,委任状争奪戦による長期化(=買収コストアップ)が懸念され,公開買付においては,発行済株式の90%以上を取得できなければShort Form Mergerができないため,結局長期化してしまうおそれがあり,また,最高価格ルール(*1)によって公開買付費用がかさむことも考えられます。

このような懸念事項があるため,米国全体のM&Aのうち公開買付が占める割合は2割に満たないと言われていますが,最近,最高価格ルールが一部見直されたことに加えて(株主兼役員に与えられる経済的利益が買付価格に算入されないことになりました),以下に述べるTop-up Optionというテクニックが利用されるようになったこともあって,以前に比べれば公開買付が利用されているケースが増えてきていると言われています。

Top-up Option というのは,公開買付によって発行済株式の90%以上を取得できなかった場合に,対象会社の方から買付者に対して新株を発行して90%の持株比率を実現させるスキームです。もとより,既存株主の持株比率が過度に希薄化される新株発行については取締役の信任義務違反となる可能性がありますので,大量の新株を発行してShort Form Mergerに持ち込み少数株主を排除すると,その少数株主から提訴されるリスクがありますが,一つのテクニックとして利用できる場面はあると考えます。以下は,Top-up Option条項のサンプルの一部抜粋です。

(a) The Company hereby grants to Purchaser an irrevocable option (the “Top-Up Option”), exercisable only on the terms and subject to the conditions set forth in this Agreement, to purchase that number of Shares (the “Top-Up Option Shares”) equal to the lowest number of Shares that, when added to the number of Shares owned by Parent, Purchaser and their related organizations (as defined in Section 302A.011, Sub. 25 of the MBCA) at the time of such exercise, shall constitute one Share more than the number of Shares necessary for Purchaser to be merged with and into the Company pursuant to Section 302A.621 of the MBCA (a “Short Form Merger”), at a price per Share equal to the Offer Price.
(b) The Top-Up Option shall be exercisable, in whole, but not in part, at any one time during the [ ] business day period commencing on the business day after the later of the Acceptance Time or the expiration of the last “subsequent offering period” contemplated by Section [ ]; provided, however, that notwithstanding anything contained in this Agreement to the contrary the Top-Up Option shall not be exercisable if (i) the issuance of the Top-Up Option Shares would require shareholder approval under the rules of NYSE, (ii) the number of Top-Up Option Shares would exceed the number of authorized but unissued Shares or (iii) after issuance of Shares pursuant to the Top-Up Option, it will be insufficient to allow Purchaser to effect the Short Form Merger; provided, further, that the Top-Up Option shall terminate concurrently with the termination of this Agreement pursuant to Section [ ].


(*1) 日本でも,公開買付価格については全ての応募株主について均一でなければならないと定められています(金商法27条の2第3項)。よって,買付価格の変更を行った場合,変更前に応募した株主についても変更後の買付価格が適用されます。
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日本企業同士のM&Aでも必要なSECへの登録(その3)

<日本企業同士のM&Aでも必要なSECへの登録(その1>においても書きましたが,M&Aに伴う米国居住者に対する株式発行に関しては、1933年証券法に基づきSECに対してForm F-4と呼ばれる登録届出書を提出しなければならないと定められています。その例外として,

① U.S. holderの株式保有割合が10%以下であること
② U.S. holderが対象会社の他の株主と平等に取り扱われること
③ 株主に対して一定の情報開示がなされること


を充たせば,Form F-4自体の提出は不要になりますが,上記のうち③の要件を充たすためには,Form CBと呼ばれる書類(&米国内における送達用代理人を選任するためのForm F-X)をSECに提出する必要があります。Form CBはForm F-4よりも作成が簡単な開示資料(日本の会社が当事者であれば,日本で日本の株主に配布する資料の英訳版にCBのカバーシートをつけて出すだけで足りる)でして,とりあえずこれを出させることで米国在住株主の利益保護を図るという構造になっています。

念のために,この辺りについて規定している33年証券法のRule 801を引用しておきます。

If the issuer publishes or otherwise disseminates an informational document to the holders of the securities in connection with the rights offering, the issuer must furnish that informational document, including any amendments thereto, in English, to the Commission on Form CB by the first business day after publication or dissemination. If the issuer is a foreign company, it must also file a Form F-X with the Commission at the same time as the submission of Form CB to appoint an agent for service in the United States.

The issuer must disseminate any informational document to U.S. holders, including any amendments thereto, in English, on a comparable basis to that provided to security holders in the home jurisdiction.

If the issuer disseminates by publication in its home jurisdiction, the issuer must publish the information in the United States in a manner reasonably calculated to inform U.S. holders of the offer.


規則上外国会社にForm CBの提出義務がある場合に,それを守らないという選択肢がありうるのかどうかについては,各社のコンプライアンスにも関わることですので何とも言えない部分がありますが,実務上は遵守されていないケースを見ることもあります(*1)。

また,(アメリカから見た場合の)外国企業によるBusiness Combinationについては最近ルール改正作業が行われており,2008年9月19日にSECが新ルールを承認し,その後60日以内に施行される予定になっています。その新ルールでは,10%ルールの計算基準日がフレキシブルになった(公表の60日前~30日後)ほか,Form CBとForm F-XはSECのEDGARシステムを利用してオンラインで提出することとされているなど,いくつか変更点がありますので,今後米国内株主を抱える会社がM&Aを行う場合には米国実務に携わる弁護士に問い合わせる必要があるでしょう。


(*1) 以下のリンクは,実際にSECに提出されたForm CBのサンプルです。
http://google.brand.edgar-online.com/EFX_dll/EDGARpro.dll?FetchFilingHTML1?ID=2045252&SessionID=Wo4oWS0AHfAJMg7

米国におけるM&A契約条項の分析(その8)

16.独禁法上の問題対応に関するコベナンツ条項

バイアウト契約には、米国の独占禁止法であるハート・スコット・ロディノ法(Hart-Scott-Rodino Antitrust Improvements Act of 1976)に関するコベナンツ条項を入れることもあります(詳細は、<M&Aにおけるリスク・アロケーション~Antitrust Riskを題材に~(その2)>ご参照)。

ここでは、独禁法上の問題について当事者がそれぞれどこまで責任を負うのかを定めるわけですが、近年の例では、当局とのやり取りなどによって発生する費用は買主負担とするか、当事者双方で折半とすることが多く、また、事業の分割といったインパクトの大きな是正措置にも対応する義務を負うと明示的に規定するパターンと、そのような義務までは負わない(すなわち、契約を解除できる)と定めるパターンが半々くらいで見られるようです。

17.Sandbagging条項
ポーカーで、良いカードを持っているのにそれを伏せておいて、とりあえず相手に賭けさせて大きく勝つやり方をSandbaggingと言いますが、バイアウト案件でも、例えば、買主側が、売主側が表明保証条項に違反している事実を知りながら契約し、その後、表明保証条項違反を理由に補償を求めていくケースがあり、この場合になお買主側に補償請求権を認める条項のことをSandbagging条項と呼びます。とぼけた振りをして稼ぐという意味で、両者には共通のイメージがあります。

さて、Sandbaggingは道義上は褒められたことではないかも知れませんが、M&Aにおいては、「買主側が実際にその事実を知っていたか否か」というのはときに認定困難な場合があります。そこで、近年のM&A実務においては、「買主側が売主側の表明保証条項違反やコベナンツ違反を知っていても補償の権利は依然認められる」と明記しておくケースの方が、Sandbaggingを契約上否定しておくケースよりも多く見られます。買主の主観に立ち入らずに補償義務の有無が決せられますので、ファンドが絡むバイアウト案件では好まれているようです。もっと多く見受けられるのが、契約書においてSandbaggingを認めるか否かを一切決めておかないケースですが、後日の紛争回避のためにはいずれかの立場を採ることをはっきりさせておいた方が良いと言えるでしょう。

18.買主側の表明保証条項 - Financing Representation

バイアウト案件では、買主側はお金を払って事業を買い取る側ですので、買主側から売主側に対して表明保証する事項はさほど多くはないのですが、近年の実務では、この「お金を払う能力がある」ということに関し、買主側が表明保証をするケースが非常に増えています。売主側としては、買主側が本当に買収資金を調達してこれるのか、また、具体的にどうやって買収資金を調達するのかが気になるところですので、契約上も、買収資金の調達方法まで記載して表明保証をするのが一般的です。これによって、売主側は、後に買主側が「資金を調達できなかった」と言ってきた場合に、発生した損失について補償を求めていくことができます。

以上で、「米国におけるM&A契約条項の分析」シリーズは一旦終わりにしますが、また、新たな条項が登場したり傾向が変わってきた場合には、アップデートしたいと思います。

米国におけるM&A契約条項の分析(その7)

14.No-Shop、Non-Solicit、Non-Compete条項

M&A交渉の際に売主が他の買主を探してはいけないとするのがNo-Shop条項です。詳細は、取引保護措置やGo-Shop条項に関するこれまでのコラムで述べたとおりですが、買主としてはDue Diligenceや契約交渉に注いだ時間と費用が無駄にならないように、他の競合買主が現れることを嫌うのが通常ですので、その結果として、近年のM&A契約では、ほとんどのケースにおいてNo-Shop条項が採用されています。ただし、売主側の取締役のFiduciary Dutyを履行するため、大型案件では純粋なNo-Shop条項ではなく、契約締結後に競合買主を探すことを認めるGo-Shop条項の利用が年々盛んになってきています。

続いて、売主側が事業を売却した後に同様の事業を再開したり、買主側に移った従業員や役員を引き抜いたり、従前の顧客を取り戻そうとすれば、買主側は円滑な事業運営ができなくなってしまいます。そこで、売主側は、一定期間競合事業を営まないこと(Non-Compete条項)、および、一定期間従業員や顧客を引き抜かないこと(Non-Solicit条項)を約束するケースがあります。おおよその目安ですが、Non-Compete条項・Non-Solicit条項ともにバイアウト案件の半数くらいで採用され、その義務負担期間は、Non-Compete条項が3年程度、Non-Solicit条項が2年程度ではないかと思われます。なお、顧客が誰と取引するかというのは契約自由の原則の下で本来コントロール不能なものですから、「顧客に対するNon-Solicit条項」というのは、「従業員・役員に対するNon-Solicit条項」ほどメジャーではありません。

15.情報のアップデートに関するコベナンツ条項

M&Aの際には、売主側から買主側に多種多様の情報が提供されますが、契約の締結時とクロージングの間にタイムラグがあると、その間に、既に提供された情報に含まれていた事実関係や権利関係が変わってくることがあります。このような場合、買主側としては最新の情報を提供し直して欲しいと考えるでしょうし、他方、売主側としても、情報の訂正をしないままでクロージングを迎えると表明保証違反になってしまう可能性がありますので、情報のアップデートをしたいと考えることでしょう。
そこで、M&A契約には、以下のような文言で、「情報のアップデートに関するコベナンツ条項」を入れることがあります。

Between the date of this Agreement and the Closing Date, Seller will promptly notify Buyer in writing if such Seller or any Acquired Company becomes aware of any fact or condition that causes or constitutes a Breach of any of Seller's representations and warranties as of the date of this Agreement.
(訳:
本契約締結日からクロージング日までの間に、売主が本契約締結日付けで行なった表明保証事項の違反につながるような事実または条件を売主または被買収会社が発見した場合、売主は買主に対し速やかにそれを書面で通知する。)

上記の書き方は、「情報のアップデートができる」とするに留まり、アップデートの義務までは負わせないものとなっていますが、近年の実務上は、売主側にアップデートの義務まで負担させるケースの方が増えていると感じます。また、情報の変更を伝えられた買主側としては、通常、契約を解除するか、その変更された情報を了解するかの選択権が与えられます。この点、売主側の情報のアップデート権ないし義務のみを定め、買主側のオプションについて書いていない契約書もよく見受けられますが、買主側は、修正された情報の内容によっては買収を断念したいと思ったり、補償の対象として欲しいと考えたりするケースもあると思いますので、買主側の採り得る措置についても明記しておく方が後日の紛争回避につながると考えます。

米国におけるM&A契約条項の分析(その6)

12."10b-5" representation

アメリカの証券取引所規則10b-5というのは、1934年の証券取引所法10条(b)項に基づいて、SECが1942年に定めた詐欺防止条項ですが(詳細は、<インサイダー取引規制について(その6)~アメリカのルール~>にて紹介しています)、M&Aの契約書においては、この10b-5の文言を一部利用して、以下のような表明保証条項が入れられることがあります。

No representation or warranty of Seller in this Agreement and no statement in the Disclosure Letter omits to state a material fact necessary to make the statements herein or therein, in light of the circumstances in which they were made, not misleading.
(訳:
本契約における表明保証および開示書類における説明は、それらがなされた際の状況に照らして、誤解を招かないようにするために必要な重要事実の開示を省略していないこと。)

これは、別名、"catch-all" provisionとも言われます。すなわち、個別の表明保証条項で拾い切れていない可能性がある細かな事項について、この"10b-5" representationで網羅的に拾ってしまい、売主に「不実表示をしていない、重要事項も隠していない、または、それに相当するような詐欺的説明もしていない」と表明保証させることで穴をなくそうというわけです。

さて、買主側の弁護士から"10b-5" representationを入れて欲しいと言われたら、売主(側弁護士)としてはどう対応すべきでしょうか? 売主にとって表明保証事項は少ないに越したことはありませんから、できれば応じないというのが一つの答えですが、"10b-5" representationについてはとりわけ警戒しなければならない理由があります。というのも、契約書の中に"10b-5" representationを入れると、売主側は、取引所規則における10b-5責任よりも重い責任を負担してしまうからです。取引所規則における10b-5責任が認められるためには、売主側に「欺罔の意図(scienter)」があったことを買主側が立証する必要があります。10b-5の成立要件はほかにもありますが、これらを買主側が立証することが結構困難なのです。しかし、契約書で定める"10b-5" representationにおいては、「欺罔の意図(scienter)」の立証は要求されません。不実表示があり損失が発生した時点で補償の話になりますので、買主側としては、取引所規則における10b-5責任を追及するよりもかなり楽をして契約責任を追及できることになります。

こういった問題点を認識した結果か、最近のM&A契約では売主側が"10b-5" representationを契約書に入れることを拒絶し、それを買主側も承諾するケースが増えてきています。ごく最近のケースを見る限りでは、むしろ"10b-5" representationは入れない方が「流行」だと感じます。

13.その他の表明保証をしていないことの確認条項

細かくなりますが、表明保証条項の最後には、

Except for the representations and warranties of Seller contained in this Agreement and Seller’s Schedule, Seller makes no express or implied representation or warranty to Buyer.
(訳:
本契約書および売主側からの開示リストにおいて売主が表明保証した事項を除き、売主は、買主に対し、何らの明示または黙示の表明保証も行なっていない。)

という一文を入れるのが「流行」です。これは、口頭あるいは別の紙やメールで約束した、していないといった言い争いが後日発生することを防止するためですので、入れておいた方が紛争回避につながると言えるでしょう。

米国におけるM&A契約条項の分析(その5)

11.開示されなかった債務に関する責任

買主側は対象会社の負担する債務についてDue Diligenceによって把握してから買収契約を締結しますが、Due Diligenceの過程では判明しなかった債務の存在が後日明らかになるケースがあります。この場合、その債務に関して誰が経済的に責任を負うべきでしょうか?

この問題を解決するために、No Undisclosed Liabilities Representationという表明保証条項を設けることがあります。書き方としては、

Except as set forth in the Disclosure Schedule, the Company has no liabilities or obligations of any nature except for liabilities or obligations reflected in the Balance Sheet and current liabilities incurred in the Ordinary Course of Business since the respective date hereof….

といったパターンが一般的ですが、このように売主側に「別途開示したもの、バランスシートに記載されているもの、日々の業務で発生する債務を除いて、いかなる債務も負担していない」と表明保証してもらうことで、これに反する事態が発生した場合は、補償やクロージング義務の免除といった買主の救済につなげていくという仕組みです。

さて、ここで、このNo Undisclosed Liabilities RepresentationのCarve Out事由(例外事由)について見ておきたいと思います。まず、上記の例でも見られるように、売主が別紙(Disclosure Schedule)で開示した債務、バランスシート上に記載されている債務、Ordinary Course of Businessで発生した日常的な債務については、表明保証の範囲外とされるのが一般的です。その他、MAEのレベルに至らない「重要でない債務」についても除外されるケースがあります。この場合、何をもって「重要でない債務」と言うのかについて解釈問題に発展しやすいため、実務上は安易に用いない方が良いと考えますが、もしも「重要でない債務」を除外事由とするのであれば、別紙で内容を特定するなどして、後の紛争につながらないような方法を考える必要があります。

また、もう一点注意したいのは、日本語の契約書でもよく使われる「売主が知る限り」という一言を入れるか否かです。英語では、

To the Company's knowledge, the Company's intellectual property is not subject to any material encumbrances
(訳: 売主の知る限り、売主が保有する知的財産権には何らの担保、負担も付着していない。)

といった書きぶりになりますが、最近では、この「売主が知る限り」という一言は、No Undisclosed Liabilities Representationにはあまり利用されていないようです。売主としては、「知らなかった」と言えれば楽なのでしょうが、買主側から見れば、売主が債務の存在を知らなかったという事態はたやすく容認できるものではありません。実際に知っていたのか、知らなかったのかを巡って、かなり詳細な事実認定も必要となってくるでしょう。よって、「知っていたか、知らなかったか」という問題は抜きにして、非開示債務が出てくれば補償の対象とするといった運用が好まれているようです。

少し脱線しますが、「売主が知る限り」という一言は、<米国におけるM&A契約条項の分析(その3)>で取り上げた「表明保証条項のBring Down」のケースでは効果を発揮しないことがあります。すなわち、例えば、表明保証条項において、「売主の知る限り、売主が保有する知的財産権には何らの担保、負担も付着していない」と書いた上で、これをクロージング時点でも表明保証してもらうことでクロージング条件に落とし込んだとします。一見、有用に見えますが、実は、買主側が契約締結の後クロージング日までに、知的財産権についている負担を発見して売主側に通知すると、その時点で、「売主は知ってしまった」ことになります。よって、この場合、「売主が知る限り」という一言を入れなかったケースと同様に、買主はクロージング義務の履行を拒否できることになります。細かいですが、このように、契約締結時に売主が知らなかったとしても、その後クロージングまでの間に知ってしまえば、結果としてクロージング条件を充たさないことになるケースがあることについては、注意が必要だと言えます。

米国におけるM&A契約条項の分析(その3)

6.紛争が起きた場合の処理

まず、補償の対象となる損失が発生した場合、補償の実行を唯一の救済手段(Exclusive Remedy)とする旨合意するケースが非常に増えています。とりわけバイアウト案件では、買主であるファンドは紛争が長期化することを好みませんので、当事者間で合意された補償条項に従って一定の金額を受け取ればそれでよしと考える傾向があります。
ただ、損失額がいくらか、Capの例外事由に該当するか否かといった問題を巡って当事者間の話し合いでは解決できない紛争に発展するケースも発生します。このような場合には、いきなり訴訟提起をするのではなく、まずADR(裁判外紛争解決手段)を利用することを契約書で取り決めておくことが通常です。ADRの手法として最もポピュラーなのが仲裁で、この場合、「裁定に拘束力を持たせて、当事者はその内容を争わない」と合意しておくことが多いようです。その他、調停手続を利用することを合意しておくケース、まず調停、次に仲裁といった手続の流れを詳細に規定しておくケースなどが見受けられます。

7.表明保証条項のBring Down

表明保証条項については、クロージング条件の一つに組み込まれることがありますが、これは、表明保証条項をクロージング条件に落とし込むという意味で、"Bring Down" Conditionと呼ばれています。ただ、表明保証条項違反が全てクロージング義務の免除や延期につながるわけではありません。一定の重要問題だけが買主側のクロージング義務を免除または延期させると定められるのが通常です。このBring Down Conditionについては、日本の実務でも利用されており、その際には、「重要な側面において真実」とか「重大な悪影響を与えるものについては」といった表現で限定を付することが多いですが、米国流にこれを整理すると、以下の3パターンに分けられます。

①  MAE(Material Adverse Effect、重大な悪影響)が発生しないことが合理的に予測される事項についてはクロージング義務に影響を与えないとした上で、MAEが発生することが合理的に予測される事項については、全ての重要な側面において(in all material respects)表明保証事項が正確であって初めてクロージング義務が発生するとするパターン
②  MAEが発生することが合理的に予測される事項については、全ての側面において(in all respects)表明保証事項が正確であって初めてクロージング義務が発生し、MAEが発生しないことが合理的に予測される事項については、全ての重要な側面において(in all material respects)表明保証事項が正確であって初めてクロージング義務が発生するとするパターン
③  MAEが発生することが合理的に予測されるか否かに関係なく、全ての重要な側面において(in all material respects)表明保証事項が正確であって初めてクロージング義務が発生するとするパターン


一見細かいですが、要約すると、表明保証した事実のうち重要なポイントのみを問題視する発想と、その事実が対象会社の事業などに与える影響のうち重大な悪影響のみを問題視する発想の組合せであると言えます。MAEという概念が流行している最近の実務では①が最も多く見られ(*1)、次に②がよく見られるようです。

なお、表明保証を行なう「時点」として「クロージング時」を外すことはまずありません。ただ、「契約締結時およびクロージング時」とするパターンと、単に「クロージング時」とするパターンの両方があります。参考までに、最もよく利用されている前者のパターンにおける英文例は、以下のようになります。
All of Seller’s representations and warranties in this Agreement must have been accurate in all material respects as of the date of this Agreement, and must be accurate in all material respects as of the Closing Date as if made on the Closing Date.

このようにクロージング時点でも同様に表明保証をしてもらうことで買主側は安心しますが、売主側は、逆に、契約締結時には表明保証できるがクロージング時には同様の状態が継続していることを保証できない項目についてピックアップし、買主側に表明保証を「契約締結時」に限るよう求める必要があります。例えば、契約書に添付される従業員リストの内容などは、クロージングまでの間に変動することが十分ありえます。よって、こういったものについてまでクロージング時にも正確な情報であると表明保証すれば、売主側は過大な義務を負担してしまったことになります。表明保証条項のBring Downについては、表明保証対象事項を一つ一つチェックした上で合意に至る必要があると言えるでしょう。


(*1) アメリカの実務では、クロージングの条件として「対象会社の業績に、最終の財務諸表作成日以降重大な悪影響が発生していないこと」を明示的に入れるのではなく、表明保証条項をクロージング条件にbring downする方式のことを"Back-door MAC"と呼んでいます。

米国におけるM&A契約条項の分析(その2)

3.補償条項(Indemnity Clause)におけるCarve-Outs(例外的取扱い事由)

補償金額にはCapを設けるのが一般的だと前回のコラムで書きましたが、いかなる事由に基づく損失もCapによってその補償が一定範囲に限られるとすると、買主側が不測の損害を被ることがあります。そこで、特定の事由に基づく損失については限度なく補償されると当事者間で合意しておくことが一般的です。よく見られるケースは、基本的な表明保証条項違反(表明保証の対象は様々ですが、インパクトの大きい事柄については、違反時の損失を上限なく補償してもらわなければ安心して取引ができないため)、後日発覚した未納・滞納税、環境問題、契約締結後クロージングまでの約束事項(コベナンツ)違反などです。当事者としては、契約締結交渉時に、損失が甚大になるおそれのある問題をピックアップしてCapの対象外とするよう交渉を進める必要があります。

4.補償条項(Indemnity Clause)におけるBasket(バスケット)条項

細かい問題、僅かな損失が発生する度に補償の対象とするのは実務上煩雑ですので、M&A契約においては、「一定限度額を超えて初めて補償の対象とする」旨合意することが一般的です。これをバスケット条項と言いますが、バスケット条項には以下の二種類が存在します。

① 一定金額を超えて初めて補償条項が適用されるが、その場合には、一定金額を超える部分のみ補償されるとするもの
② 一定金額を超えて初めて補償条項が適用されるが、その場合には、損失の全額が補償されるとするもの


実務上はほとんどが①のパターンであり、また、基準となる金額については、買収対価の1%弱が多いようです。

5.補償条項(Indemnity Clause)におけるSurvival(存続)期間

補償条項は通常、一定の期間を過ぎれば失効します。これは、特に売主側を長期間不安定な地位に置くことは適当ではないと考えられること、および、何か問題が発生するのであればクロージング後せいぜい2年程度で判明するであろうという経験則に基づきます。ただし、実務上、この存続期間が設定されない契約も見かけますので、当事者の交渉次第とも言えます。
存続期間として最もよく見られるのが12ヶ月から18ヶ月程度だと思われますが、1年未満や2年とするケースもあります。売主側がバイアウト後に解散するようなケースでは短い期間を設定せざるを得ないものと思われます。

なお、この存続期間についても、Carve-Outs(例外的取扱い事由)を設定するケースが少なくありません。例外とされる事由は、やはり未納税金(*1)、環境問題、基本的表明保証条項違反(そもそも契約締結の権限が存在しなかったケースや、重要な資産の所有権を売主が有していなかったケース等)などであり、この場合、無期限に補償対象となるとするパターン、長めの期間を設定するパターン、法律上の時効が成立するまでとするパターンに分けられます。


(*1) 細かくなりますが、予測していなかった税支払いが発生した場合には、Tax Benefits(還付税等)との相殺を認める条項にするケースが見受けられます。また、税の問題とは関係ありませんが、例えば、重要資産が消失したことによって保険金が支給されるケースでは、損失額から保険金額を控除した残額についてのみ補償の対象とするパターンが多いようです。

米国におけるM&A契約条項の分析(その1)

弁護士も当事者も、「最近世間では一体どんなディール・テクニックが利用されているのだろうか」ということが気になります。ディール・テクニックは、必ず何らかの理由があって開発され利用されていますので、自分たちの案件が抱える問題点の解決に他社の事例が役立つ可能性があるからです。そこで、今回から数回のシリーズで、米国のPrivate Equity案件(バイアウト案件)(*1)において近年利用されている各種契約条項の「流行」を追いかけてみたいと思います。なお、フォローできる案件に限界があるため、データとしては必ずしも正確でないことをご了承ください。また、アメリカの実務は日本の法制度や文化に馴染まないこともありますので、その点もご注意いただければと思います。

1.買収価格の修正条項(Purchase Price Adjustment)

買収案件における最もシンプルな対価の定め方は、「T社の株式を総額1,000億円で買い取る」といった対価確定型ですが、契約書の締結からクロージングまでの間、あるいはクロージング直後の半年や一年といった期間において対象会社の業績が変動した場合、契約書締結段階で決めておいた買収価格が結果として高すぎた(安すぎた)ということになる場合がありますので、双方合意の上で適切な調整を行なうべく、買収対価を後で修正できる条項を入れるケースが増えています(感覚的には、バイアウト案件ではほとんどのケースで価格修正条項が採用されているように思います)(*2)。

修正の基準となる数値としては、Net Assets(純資産)、Income Statement(損益計算書)、Inventory(在庫)などが使われるほか、最も頻繁に利用されるのがNet Working Capital(正味運転資本)です。なお、買収対価を決める要素はケース・バイ・ケースですので、価格修正の理由となる事象もケース・バイ・ケースであり、上記に挙げた要素以外にも対象会社特有の事情が契約書に盛り込まれることがあります。

なお、価格修正については、買主にだけその権利が与えられるとは限りません。おそらく過半数のケースにおいて、当事者双方に価格修正権が与えられていると思われます。すなわち、買主側に特定の場合における減額権が与えられるのであれば、売主にも増額権が与えられることがフェアであると考えられるため、対象会社の企業価値等の変動に応じて、買収対価が上にも下にも修正されうるということになります。

2.補償条項(Indemnity Clause)における上限額(Cap)

いわゆる補償条項においては、通常、Capを設けます。近年のバイアウト案件でCapを設定しないケースはほとんどないと思われ、Capを設定するケースでは、通常、買収価格の数%から20%程度の数値が利用されているようです。ただし、これもケース・バイ・ケースであり、買収価格と同額のCapを設定するケースもないわけではなく(ただし、稀です)、また、買収価格が高くなればCapのパーセンテージが高くなる、低くなるといった関係もあまり明確には見受けられません。

なお、多くのケースでは、いざ補償が必要となった場合に売主側に支払うお金がなかったということにならないように、当事者で合意した金額をEscrow(エスクロー口座)に入れて別途管理する運用がなされています。


(*1) Private Equity案件とは、プライベート・エクイティ・ファンド(Kohlberg & Co., Texas Pacific Group, Merrill Lynch Capital Partners, The Blackstone Group, Warburg Pincus LLPなど)が非上場会社を買収する案件を指します。
(*2) 価格修正条項を入れない場合には、対象会社がクロージングまでに予定されていなかった配当を行なったり、通常の業務態様(ordinary course of business)を超えて大きな買い物をしたりしないように、別途コベナンツ条項で制約を課す必要が出てきます。

インサイダー取引規制について(その6)~アメリカのルール~

アメリカにおける証券規制は1911年のカンザス州法を皮切りに当初州法ベースで始まりましたが、州法には、州をまたいだ大掛かりな証券詐欺を規制する力がなかったため連邦法制定の要請が強まり、1933年にSecurities Act(証券法)が、1934年にSecurities Exchange Act(証券取引所法)が制定されました。現在では、これらの連邦法による規制がメインとなっていますが、州内の証券発行・流通に関しては今でも通称Blue Sky Lawと呼ばれる州法の守備範囲ですので、連邦法と州法による二段構えの証券規制システムになっています。

ところで、アメリカの連邦証券法・証券取引所法には、日本のようにインサイダー取引を正面から禁止する規定が存在しません。これは、アメリカがコモンロー(判例法)の国であることに関係しています。インサイダー取引は1933年以前から存在していましたが、その違法性は、裁判所が通常の不法行為法を用いて判断していました。そこでの理論的枠組みは、「証券の売買を行う者は相手方に対して不実表示を行ってはならないが、インサイダー情報を持っていながらこれを隠して売買を行うことはその情報開示義務違反に当たる」というものでした。すなわち、特に証券法で規制するまでもなく、不法行為としてインサイダー取引が禁止されていたのです。ただ、1934年取引所法の10条(b)項に基づいて、1942年にSECが規則10b-5(詐欺防止条項)を制定したことにより、インサイダー取引はこの規則10b-5の証券詐欺に該当すると考えられるようになりました。すなわち、考え方の枠組みはさほど変わらないものの、制定法上の根拠として規則10b-5が利用されるようになりました。

SEC規則の中で最も重要な規定といっても過言ではない規則10b-5(Employment of Manipulative and Deceptive Practices、価格操作的または詐欺的取引の禁止)は、条文としてはとても短いもので、

It shall be unlawful for any person, directly or indirectly, by the use of any means or instrumentality of interstate commerce, or of the mails or of any facility of any national securities exchange,
(a) To employ any device, scheme, or artifice to defraud,
(b) To make any untrue statement of a material fact or to omit to state a material fact necessary in order to make the statements made, in the light of the circumstances under which they were made, not misleading, or
(c) To engage in any act, practice, or course of business which operates or would operate as a fraud or deceit upon any person,
in connection with the purchase or sale of any security.

(訳:
証券の売買に関し、直接または間接に、州際通商の手段、郵便または国の証券取引所の設備を利用して、以下の行為を行うことは違法となる。
(a) 詐欺を行うための策略、計略、技巧を用いること
(b) 重要事実について不実表示をすること、または、周囲の状況に照らせば誤解を避けるために必要な重要事実についてその表示を省略すること
(c) 詐欺もしくは欺罔となり、またはそのおそれがある行為、慣行または業務を行うこと)

とのみ定めています。そして、インサイダー取引は、証券の発行体、株主またはその他の情報源となる者に対して負う信認義務に違反して、重要な非公開情報に基づき当該証券の売買を行なう行為ですので、規則10b-5が禁止する「詐欺」に該当する・・・という解釈です。

何をもって「重要事実」というかに関しては、日本の金商法では既に述べたとおり類型ごとにある程度整理されていますが、アメリカでは、判例法が解釈基準を設けているに留まり、

Information is material if there is a “substantial likelihood that the disclosure … would have been viewed by the reasonable investor as having significantly altered the ‘total mix’ of information made available.”
(訳:
合理的な投資家が、その情報の開示が、入手可能な情報の総体実質的に変更することになると判断するであろう蓋然性が高い場合に、その情報は重要情報となる。)

とされています。モノサシとしては抽象的ですので、結局、ケースごとに事実と状況を精査しながら重要事実に該当するかどうかが判断されることになります。

アメリカのインサイダー取引規制を理解するには、誰がインサイダーに該当するかといった他の論点についても検討し、SECが近年追加で定めたレギュレーションFD(Fair Disclosureの略)や規則10b5-1、10b5-2などについても知っておく必要がありますが、細かくなりますので、また機会を改めて紹介したいと思います。

なお、1934年取引所法16条は、インサイダーに証券売買に関する報告義務を課し、かつ、短期売買差益を発行者に返還させる義務を負わせています。この点、日本でも、金商法163条は、役員および主要株主(総株主の議決権の10%以上を保有する株主)に対し、売買報告書の提出義務を負わせ(*1)、かつ、164 条は短期売買差益の返還請求について定めていますので(*2)、この点は日米ともに同様の規制となっています。


(*1) 役員および主要株主が自社の特定有価証券等の売買等をした場合には、当該売買等に関する報告書を売買のあった日の属する月の翌月15日までに、内閣総理大臣(財務局長等)宛てに提出しなければなりません。
(*2) 役員および主要株主が自社の特定有価証券等の短期売買(6ヶ月以内の反対売買)で得た利益について、当該上場会社は、役員および主要株主に返還請求することができます(会社が当該請求を行わない場合、株主が代位請求可)。

成長を続けるSPACビジネス(その2)

さて、ここ数年でSPACが大流行しているその背景ですが・・・、投資家から見た場合は、まず、少額の資金で(SPACを通して)プライベート・エクイティ取引に参加できるというメリットがあります。また、SPACを運営する経営陣は、プライベート・エクイティ・カンパニーや投資銀行での経験が豊富な「投資のプロ」であるのが通常です。SPACには経営陣も一定程度の出資を行いますので(最初の出資を行いSPACを立ち上げた経営陣をスポンサーと呼びます)、彼ら自身、将来の買収によって収益を上げる自信がなければSPACを設立することはしないでしょう。よって、SPACの場合、SPAC経営陣の買収・投資に関する知識と経験が比較的はっきりと見え、それを信頼して投資ができるというメリットがあると言えます(通常の事業会社のIPOであれば、経営陣の事業運営能力は未知数である場合が多いと思われます)。

更に、前回のコラムでも述べたとおり、SPACの株主は具体的な買収案が出てきた時点で「投票」を行うことができ、賛成できない買収案が実行されようとしている場合には、エスクロー口座に入っている自分の投資額を(利子付きで)返還してもらうことができます。また、スポンサー(経営陣)の取り分は、最初のIPOの時点で決定され公表されているため(*1)、予想に反して、スポンサーに買収利益の大部分を持っていかれてしまったということにもなりません。この点で、1990年代に投資家に被害を与えたBlank Check Companyとは異なり、投資家保護が図られていると言うことができます。

しかし、これだけSPACが流行る原因の大部分は、投資家側というよりも、むしろSPACを設立するスポンサー側と買収されるターゲット会社の方にあると考えます。まずは、買収される会社/株式公開する会社から見た場合のSPACのメリットについて、IPOおよび事業会社またはフィナンシャル・バイヤーに対する事業売却のケースと比較しつつ見てみたいと思います。

 
SPAC
IPO(後に株を売却)
事業会社等への売却
株主が得られる現金
すぐに現金が手に入る
税務上の観点から、一定期間待つのが通常
すぐに現金が手に入る
対価
関係当事者間で協議して決められる
IPOが完了するまで値段が分からない
買い手側との(ときに熾烈な)交渉が必要
経営陣の続投
原則、続投
原則、続投
続投できない可能性が高い
手続に要する時間
IPOより数ヶ月は短い
準備、SECのレビューに相当の時間が掛かる
交渉の長期化、買主側の資金調達などで時間が掛かるおそれがある
経営陣の手間
SPAC側がIPO関連の作業をしてくれるので楽
ロードショーなどにかなりの手間が掛かる
DDや交渉の対応で相当の労力が必要
マーケットの状況
現在でもSPACのIPO市場はホット
事業会社のIPO市場は低迷中(IPOディスカウントを大きくする必要あり)
資金調達が困難になっているためディールが成立しにくい

このように、買収される会社/株式公開する会社から見た場合には、現金がすぐに手に入り、かつ、経営陣が続投できる、しかも面倒な手続や交渉が不要で取引成立の見込みも高いSPAC方式が魅力的であると言えます。また、SPACが好まれる理由は「Exitのフレキシブルさ」にあると言われます。すなわち、続けたい者は続ける、去りたい者は現金をもらって去るという柔軟な対応ができます。例えば、前回のコラムの冒頭で述べたJamba Juiceの案件でも、当初の出資者の一部分はキャッシュをもらって持分を売却しましたが、CEOのPaul Clayton氏とCFOのDonald Breen氏は経営陣として残る選択をしました。

他方、スポンサー側から見れば、短期間で資金を集めることができ、かつ、Management Contributionという形で数億円単位のフィーを受け取ったり、SPACの持株比率にして20%程度を保有し、IPO後にその株式を売却して現金化することができますので、小型版エクイティ・ファンドを運用しているのと同様の効果を得ることができます。SPAC自身の存続期間も最長2年と短くなっていますので、次から次にディールを処理していく能力がある買収のプロにとっては利用しやすい仕組みと言えるでしょう。

このような利点があるSPACですが、リスクを二つほど指摘しておきたいと思います。一つ目は、SPACの特徴とも言うべき「短期間で買収を完了させなければならない使命」が、期限ギリギリの駆け込み買収を促進する可能性があるという点です。実際の案件としても、例えば、American Apparelを買収したEndeavor Acquisitionが公表した委任状説明書においては、「締切日が迫っていたことが買収金額のアップに同意せざるを得なかった一つの理由であった」と書かれています。取引を成立させたい方が交渉上不利な立場に置かれるというのはよくある話であり、これによって「高い買い物」をしてしまったというケースが出てくるわけです。

二つ目は、当然といえば当然ですが、通常のIPOと同じく、買収した会社の業績変動によって、SPACに投資をした株主が損失を被ることがあるという点です。買収のプロが設立したSPACだから儲かる可能性が高いと考えることは危険です。スポンサーはディール完了後に株を売却して撤退するため損をする可能性は低いかも知れませんが、株式を持ち続ける場合や、スポンサーが売却する株式を購入する場合については、もともと未公開会社であった企業に対する投資を行う=その分リスクも大きい、と考えるべきではないでしょうか。冒頭のJamba Juiceの株価については、Services Acquisitionとの合併後、一時12ドルを超えていましたが、現状では残念ながら2ドル台にまで落ち込んでいるようです・・・(*2)。

(参考)最近設立されたSPACのForm S-1の例
http://www.secinfo.com/dr89b.tYs.d.htm (SIDHU Special Purpose Capital Corp.)


(*1) SPACにおける経営陣の持分は通常20%程度ですが、ゴールドマン・サックス・グループが2008年3月に設立したSPACであるLiberty Lane Acquisitionでは7.5%と低めに抑えられていました。経営陣の持分割合が大きければ大きいほど、一般株主の「希薄化」(買収の結果株主が増えるため、SPACの株主の持分比率は下がることになります)も大きくなるため、経営陣の持分を少なくすることでより魅力的な投資商品になると言えます。
(*2) http://ir.jambajuice.com/stockquote.cfm

成長を続けるSPACビジネス(その1)

アメリカの街を歩いていると、Jamba Juiceというフレッシュジュース屋さんをよく見かけます。Jamba Juice は全米に500以上の店舗を展開するジュースやスムージーのお店で、夏になるとお客さんでいつも混雑していますが、実は、このJamba Juiceは、2006年3月にServices Acquisition Corp. Internationalという会社に2億6500万ドルで買収されました。今日は、このServices Acquisition の正体について探ってみたいと思います。

Services Acquisitionは通常の事業会社ではなく、Special Purpose Acquisition Corporations (通称SPAC、特別目的買収会社)と呼ばれる買収専門会社です。アメリカでは1990年代にBlank Check Company(白紙小切手会社)と呼ばれる「現在は事業を行っていないが、将来どこかの会社を買収することを謳い文句に投資家から資金を集めて、それを運用する会社」の設立が流行しました。当時は、このBlank Check Companyが悪用され、投資家からお金を集められるだけ集めて起業家が逃げてしまうという詐欺事件が多発し、あるいは、明白な詐欺とまでは言えないまでも、資金運用がうまく行かず結局は倒産してしまうケースも多数発生しました。そこで、SECは投資家保護のためにRule 419を制定して規制を行いました。その結果、Blank Check Companyはしばらく下火になっていたわけですが、近年、IPOによって集めた資金で買収を行うことのみを目的とする会社の利用が再び盛んになりつつあります。統計の数字を見ると、SPACは、
・ 2004年: 12社、4億8200万ドル
・ 2005年: 28社、21億ドル
・ 2006年: 37社、34億ドル
・ 2007年: 66社、120億ドル  *金額はIPOによって集めた資金額の合計
というように、明らかな成長を見せており、私が現在所属するアメリカのローファームでもSPAC案件の取扱い件数が増えてきています。今後はM&Aの一手法としてSPACが利用されるケースが益々増えるものと予測します。

さて、SPACというのは、上で述べたとおり、具体的な事業は行っておらず、将来他社を買収ないし他社と合併することを存在目的に掲げてIPOを行い、集めた資金でM&Aを完了させることで投資家との約束を果たすいわば投資専門のShell Companyであり、「第2のプライベート・エクイティ・ファンド」と呼ばれることもあります。これまで、非上場会社のExit(創業者持分のキャッシュ化)の方法としては、IPOか、Strategic BuyerないしFinancial Buyerへの売却という手段が一般的でしたが、そこに「SPACに買収されるプラン」が加わったということができます。

SPACを設立するためにはSECに対してRegistration StatementであるForm S-1(外国民間証券発行者の場合はForm F-1)を提出する必要がありますが、そこでは具体的な保有資産を挙げる必要はなく(そもそも資産を持っていないため)、公募の内容に加えて、買収のターゲットとする業界や地理的範囲、経営陣の経歴、資本構造(経営陣が何パーセントの株を保有するかなど)や一般的なリスクファクターを開示すれば足ります。また、投資家から集めた資金は最低でも80%はエスクロー口座に入れる必要があり、将来の買収が完了するまでそれを引き出すことはできません(エスクローに入れなかった残りの部分がSPACの運営費用として使われます)。SPACはSECの分類上はBlank Check Companyの一種ですので、Rule 419に定めるガイドラインに従う必要もあります。そして、上場する以上は、他のSEC規則やサーベンス・オクスリー法に基づく規制にも従わなければなりません(*1)。

SECのガイドラインに従い、SPACの存続期間は通常、18ヶ月から24ヶ月までに設定されます。この期間内に、その存在目的である他社の買収ができなければ、SPACは当然に解散となり(厳密には、期間内に買収または合併のLetter of Intentが締結されれば足りますが、その後一定期間が経過しても最終合意書の締結に至らなければ、やはり解散となります)、エスクロー口座に預けてあった出資金は投資家に返還されます。また、買収案件は何でも良いわけではありません。SPACに投資した株主には選択権が与えられ、例えば20%の株主の賛成票がなければ特定の買収案件を進めることができないといった制約が定款に入れられます。また、特定の買収案件に反対の株主には株式買取請求権が与えられ、当該反対株主はその時点で資金を回収することができる仕組みになっています。

このSPACがなぜ急に流行りだしたのか?・・・次回のコラムでは、ヘッジファンドや投資銀行が矢継ぎ早にSPACを設立しているその背景について、これまでの伝統的なIPOやM&Aの手法と比較しながら考えてみたいと思います。


(*1) SPACの上場は、現時点では、米国の<OTC Bulletin Board(店頭公開市場)><American Stock Exchange>で行われていますが、ナスダックとニューヨーク証券取引所での上場も2008年に認められる予定です。

ニューヨーク州のM&A実務

米国の会社法やM&A実務に最も強い影響を及ぼしているのはデラウエア州であり、その結果、日本でも「米国実務」といえばデラウエア州の会社法や判例が紹介されることがほとんどですが、実際にはニューヨーク州で設立される会社も少なくないため、ニューヨーク州のM&A実務についても簡単に紹介しておきたいと思います。

まず、ニューヨーク州会社法(NYBCL)717条は、取締役に対して業務の誠実執行義務を課していますが(*1)、具体的な義務としてはDuty of CareとDuty of Loyaltyが挙げられることと、通常、Business Judgment Ruleによってその判断が尊重されることについては、デラウエア州の状況と同じです。ただ、ニューヨーク州法が適用される会社の取締役は、会社支配権が移動するM&Aの場面において、会社と株主の長期的及び短期的な利益(long-term and short-term interests)のみならず、従業員、顧客および債権者の利益に与える影響や会社の発展性、生産性や利益率などについても考慮して判断することが認められています。すなわち、法律上、会社と株主の「長期的な観点から見た場合の利益」についても追求することが要求され(すなわち、現時点で株主が得られるキャピタルゲインの大小のみで判断してはならない)、更に、株主以外のステイク・ホルダーの利益まで判断要素に入れることが認められているわけです。この点についてデラウエア州では法律上は何ら明記されておらず、株主以外のステイク・ホルダーの利益を考慮しても構わないとする判例が存在するに過ぎないため、ここに両者の違いが見られます。

続いて、買収防衛策であるライツプランですが、連邦裁判所は、1980年代に、「ニューヨーク州法上、Flip-in型(*2)のライツプランは、買収者を他の株主と別扱いする点で違法となる」と判示しました。ライツプランにおいては、買収者に与えられたライツのみを行使不能にする点が制度設計上最も重要なポイントですので、上記裁判所の判断の結果、New York Corporationではライツプランを導入できなくなってしまいました。しかし、ニューヨーク州は、実務界の要請を受けて、取締役会が「20%を超えて株式を取得した者は行使することができないライツを株主に与えること」を正面から認める条項(NYBCL505条)を設けました。よって、現在では、この法律に反しない限りライツプランは有効であるということになりそうですが、その場合でもライツプランの内容および発動が取締役の義務に違反しないと言えるためには、

“in the best long-term interests and short-term interests of the corporation and its shareholders considering, without limitation, the prospects for potential growth, development, productivity and profitability of the corporation”

というニューヨーク州会社法上の基準を充たしていなければなりません。

New York Corporationが導入したライツプランの内容および発動の適法性が裁判所で争われる場合、ニューヨーク州では、デラウエア州の判例法上確立された厳格な基準(UnocalUnitrinなど)や、会社のchange in controlが含まれる場合の基準(Revlon)が存在しない結果、Business Judgment Rule+上記会社法の文言が判断基準になるものと考えられます。Business Judgment Ruleにおける最重要ポイントは判断のプロセス面にありますので、取締役としては、十分な情報を入手し、外部の専門家の意見などを聴きつつ、ニューヨーク州会社法が求める上記基準を充たしているかどうかについて十分時間を掛けて判断し、その判断のプロセスを証拠に残しておくということが最低限必要なことと言えるでしょう。

そのほか、M&Aに関するニューヨーク州法で注意すべき条項は912条と513条です。
912条(b)は、特定の会社の20%以上の株式を保有する者を「利害関係株主(Interested Shareholder)」と位置付け、その「利害関係株主と当該会社とのBusiness Combinationは、当該株主が利害関係株主になってから5年間は認めない」としています(*3)。同様の規定はデラウエア州会社法にも存在しますが、こちらは禁止期間3年とされています(DGCL203条(a))。いずれも、その株主が20%以上の株式を取得する前に取締役会の承認を得ていればこの制限は課されないことになっていますので、この条項は敵対的買収を防止することを企図したものであると言えます。

続いて、513条は、「会社が発行済み株式の10%超を市場価格以上の値段で買い戻すには、取締役会と株主総会の承認が必要」であるとしています。ただし、この制限は、売り手が2年を越えてその株式を保有しているケースには適用されません。すなわち、株式を一定量買い占めてそれを会社に高額で売りつけるグリーンメーラーが簡単に利益を得られないよう、法律上の手当てがなされているわけです。


(*1) Directors must perform their duties in good faith and with that degree of care which an ordinary prudent person in a like position would use under similar circumstances.
(*2) ライツプランは、Flip-in型Flip-over型の2タイプに分類することが出来ます。Flip-in型は、買収の完了以前に発行会社株式を有利な値段で購入できる権利を付与するものであり、Flip-over型は、買収完了後に存続会社の株式を有利な値段で購入できる権利を付与するシステムになっています。
(*3) (b) Notwithstanding anything to the contrary contained in this chapter (except the provisions of paragraph (d) of this section), no domestic corporation shall engage in any business combination with any interested shareholder of such corporation for a period of five years following such interested shareholder’s stock acquisition date unless such business combination or the purchase of stock made by such interested shareholder on such interested shareholder’s stock acquisition date is approved by the board of directors of such corporation prior to such interested shareholder’s stock acquisition date.

取締役会の「推薦の撤回」(Fiduciary Out)について(その2)

対象会社の株主に買主の株式が交付されるStock Deal(株式を対価とする合併)において、合併契約締結後、クロージングまでに買主が発行している株式の株価が下がってしまった場合、対象会社の取締役会は、その合併提案に対する「推薦を撤回」しなければならないのでしょうか?・・・というのが前回のコラムの最後で挙げた論点でした。

この論点は、いわゆるCash Deal(対象会社の株主に現金が交付される取引)ではほとんど問題になりません。なぜなら、Cashの価値の上下動が、取引を中止することを正当化するだけの「状況の重大な変化」になるとはおよそ考えられないからです。

また、Stock Dealであっても、いわゆるCollar Offerがなされている場合にはCash Dealと同じく、この問題はさほど生じません。Collar Offerというのは、合併比率を契約締結段階で固定的に定めておくのではなく、契約締結後クロージング前の買主発行株式の株価の推移を観察した上で最終的な合併比率を定める方式で、アメリカでは頻繁に利用されています。例えば、Provident Financial GroupがOHSL Financial Groupを買収した1999年のケースにおいては、「クロージング日の12日前から2日前までの10日間におけるProvidentの平均株価が40ドル以上50ドル以下であればOHSLの株主には22.50ドル相当のProvidentの株式が交付され、Providentの平均株価が40ドル未満であれば合併比率は0,5625、50ドル超であれば合併比率は0,5202とする」という方程式が合併契約書に定められていました。このCollar Offerを利用すれば、対象会社の株主に交付される買主発行株式の価値が予定よりも大幅に低下する事態を一定程度防ぐことができます。よって、対象会社の取締役会がFiduciary Outを選択しなければならないケースは比較的少なくなると言えるでしょう(*1)。

また、対象会社の株主に対して、CashとStockの両方が交付されるスキームの場合、Stockの比率が大きければやはりこの論点について考える必要が出てきます(逆に、Cash比率が高ければ、買主側は買主発行株式の価値下落は重要ではないと主張するはずです)。

さて、一口に「買主発行株式の価値下落」と言っても、その原因には様々なものが考えられます。例えば、買主の事業運営上看過できない違法行為が発覚し、それによって買主発行株式の株価が急落するケースもあれば、買主が属する業界全体が不景気に突入し、その結果として買主発行株式の株価が下がることもありえます。それだけではなく、通常、「M&A取引の公表」という事実のみで対象会社や買収会社の株価は上下動します。そのM&Aを市場が「好ましくない」と評価すれば、買主が発行している株式の株価はクロージングに向けて下がっていくはずです。最初の違法行為のケースであれば、買主としても「契約を破棄されてもやむを得ない」と考える可能性がありますが、最後のケースについてまで契約を撤回されてしまうと、買主側としては不満が残るところだと思われます。そこで、米国で利用されている契約書には、以下の条項が入れられることがあります。

provided that no fact, event, change, development or set of circumstances shall constitute an Intervening Event if such fact, event, change, development or set of circumstances resulted from or arose out of the announcement, pendency or consummation of the Merger
(訳: 本件合併の公表、進行、完了自体から発生した事実、出来事、変化等は、「状況の重大な変化」には該当しない。)

しかし、前述のように、取締役のFiduciary Dutyは契約上の義務をも凌駕します。仮に上記のような合意事項が存在していたとしても、「M&A取引の公表」によって買主発行株式の株価が急落し、対象会社の株主が不利益を被ることが明らかであれば、取締役会はFiduciary Outを選択しなければならないはずだと考えます。

では、続いて、買主が属する業界全体が不景気に突入し、その結果として買主発行株式の株価が下がったケースについてはどうでしょうか。この問題を考える際には、いわゆるMAC条項(Material Adverse Change Clause)/MAE条項(Material Adverse Effect Clause)について理解しておく必要がありますが、MAC/MAEについては次回以降のコラムで紹介するとして、とりあえず現時点では、「業界全体が不景気に突入したことによって対象会社や買収会社の事業や株価に悪影響が発生したケース」は、MAC/MAEには該当しないとされるのが通常であるという前提で議論を進めたいと思います。

そうすると、MACには該当しないが、Fiduciary Out条項が定めるIntervening Event(「状況の重大な変化」)には該当するケースが出てきます。前提論として、MACに該当すれば、契約を破棄する側は、Break-Up FeeやTransactional Expensesを支払うことなくディールから撤退できるのが通常ですが、MACには該当しない場合は、Break-Up FeeとTransactional Expensesを支払わずに撤退することは、契約上認められません。しかし、買主側の事情で買主発行株式の株価が下落した場合にまで、売主が買主に対してBreak-Up FeeとTransactional Expensesを支払わなければならないとすることには違和感を覚えます。私見としては、このようなケースにおいては、数十億円、ときにSalli Maeのケースのように一千億円を超えることがあるBreak-Up Feeを支払うべきではなく、Transactional Expensesの償還のみに留めるよう、契約交渉を行うべきではないかと考えています。


(*1) Collar Offer に関する文献:http://www.fma.org/SLC/Papers/dealstructure.pdf

取締役会の「推薦の撤回」(Fiduciary Out)について(その1)

アメリカでM&A契約の締結交渉をしていると、Fiduciary Outをどこまで認めるかに関して当事者双方がなかなか譲らず、議論が白熱することがあります。そこで、今回は、日本でも今後普及する可能性があるFiduciary Out条項の定め方と、それに関連する論点、とりわけ「取締役会が一旦発表した推薦を撤回するケース」で発生する問題点について整理したいと思います。

<デラウエア州会社法§251(b)>(*1)は、以下のように定めて、対象会社の取締役会が合併を承認する場合には、取締役会としての「推薦意見」(advisability, recommendation)を表明することが必要であるとしています(*2)。

The board of directors of each corporation which desires to merge or consolidate shall adopt a resolution approving an agreement of merger or consolidation and declaring its advisability.

前提として、デラウエア州法(判例法を含む)上、対象会社の取締役会は、目の前の買収提案が対象会社の株主にとって最も好条件であるかどうかを判断しなければならず、もしも後発の買収提案が対象会社の株主にとってより有利であると判断すれば、既に公表している「推薦意見」を撤回または変更しなければなりません。これは取締役のFiduciary Dutyの一類型であるDuty of Candor(誠実義務)の結果であり、古くは、1985年のSmith v. Van Gorkom (Del. Sup. Ct., 1985, 488 A.2d 858)事件で述べられ、最近では、2005年のFrontier Oil Corp. v. Holly Corp., 2005 WL 1039027 (Del. Ch. Apr. 29, 2005)事件(*3)でも確認されているところです。すなわち、取締役会は、契約上どのような定めになっていても、Fiduciary Dutyを履行するために当初の契約を破棄しなければならない(=Fiduciary Out)場合があるのです。

そこで、米国で利用されている合併契約書には、通常、以下のような条項が入れられます。

まずは、買主側から見れば、取締役会の「推薦意見」は原則として維持されなければ困りますので、
【No Change in Recommendation or Alternative Acquisition Agreement】(推薦を変更しないことまたは他の買収提案を推薦しないこと)というタイトルで、

Neither the Company Board nor any committee thereof shall:

(i) except as set forth in this Section, withdraw, qualify or modify, or publicly announce its intention to withdraw, qualify or modify, in a manner adverse to Parent or the Merger Sub, the approval or recommendation by the Company Board or any such committee of the adoption of this Agreement (a “ Company Adverse Recommendation Change ”);
(ii) adopt, approve or recommend, or publicly announce its intention to adopt, approve or recommend, any Acquisition Proposal; or
(iii) authorize, cause or permit any of the Acquired Corporations to enter into any letter of intent, memorandum of understanding, agreement in principle, acquisition agreement, merger agreement or similar agreement (an “ Alternative Acquisition Agreement ”) constituting or relating to any Acquisition Proposal.

(訳:
対象会社の取締役会および委員会は、
(i) 本条に別途定める場合を除いて、対象会社の取締役会または委員会によってなされた本契約に関する承認または推薦に対して、買主の利益に反するような撤回、制限、修正を行い、または撤回、制限、修正を行う意思があることを公に表明してはならない。
(ii) いかなる他の買収提案についても、受諾、承認、推薦し、または受諾、承認、推薦する意思があることを公に表明してはならない。または、
(iii) 対象会社をして、他の買収提案(別途定義)を構成するまたは他の買収提案に関連する基本合意書、買収契約書、合併契約書等を締結させてはならない)

という原則規定を設けた上で、

At any time prior to the Company Specified Time the Company Board may, in response to a material development or change in circumstances occurring or arising after the date hereof that was neither known to the Company Board nor reasonably foreseeable as of or prior to the date hereof (and not relating to any Acquisition Proposal) (such material development or change in circumstances, a “ Company Intervening Event ”) make a Company Adverse Recommendation Change if the Company Board has concluded in good faith, after consultation with its outside counsel, that, in light of such Company Intervening Event, the failure of the Company Board to effect such a Company Adverse Recommendation Change would result in a breach of its fiduciary duties under applicable Legal Requirements; provided that, the Company Board shall not be entitled to exercise its right to make a Company Adverse Recommendation Change pursuant to this sentence unless the Company has (x) provided to Parent at least three business days’ prior written notice advising Parent that the Company Board intends to take such action and specifying the reasons therefor in reasonable detail and (y) during such three business day period, if requested by Parent, engaged in good faith negotiations with Parent to amend this Agreement in such a manner that obviates the need for a Company Adverse Recommendation Change.
(訳:
本契約締結後に、対象会社取締役会が知らず、かつ、合理的に予見しえなかった「状況の重大な変化」が生じた場合において、取締役会が外部の専門家と協議した上で、「推薦の撤回」を行わなければ適用法上取締役の義務違反を発生させると誠実に判断したときは、特定の時期(別途定義)が到来するまでの間、対象会社取締役会はいつでも「推薦の撤回」を行うことができる。ただし、対象会社取締役会は、(x)買主に対して少なくとも3営業日以上前に、「推薦の撤回」を行う意思があることおよびその理由を通知し、かつ、(y)当該3営業日の間に、買主との間で、「推薦の撤回」を行う必要がないように契約条項を変更することに向けて誠実に交渉しなければ、「推薦の撤回」を行うことができない。)

というFiduciary Out条項を入れます。通常、買主側は、「状況の重大な変化」に関する曖昧な定義(Open Definition)を嫌がり、例外規定(Carve Out条項)を入れるよう求めてきますが、他の契約条項と同じく、ここは売主・買主間の交渉によって妥協点が決まります。

さて、ここで一つの論点が発生します。それは、対象会社の株主に買主の株式が交付されるStock Deal(株式を対価とする合併)において、合併契約締結後、クロージングまでに買主が発行している株式の株価が下がってしまった場合、対象会社の取締役会は、その合併提案に対する「推薦を撤回」しなければならないのか?・・・という問題です。この場合、対象会社の株主は当初もらえると思っていた対価を結果として得られないことになるため、株主の利益が害されるとも言えます。これは最近の米国実務界で注目を浴び始めた面白い論点ですが、続きは、次回のコラムで検討したいと思います。


(*1) Delaware General Corporation Law (DGCL): http://delcode.delaware.gov/title8/c001/index.shtml
(*2) 日本の場合は、公開買付けに限り、<金融商品取引法>第27条の10によって、「公開買付けに係る株券等の発行者は、内閣府令で定めるところにより、公開買付開始公告が行われた日から政令で定める期間内に、当該公開買付けに関する意見その他の内閣府令で定める事項を記載した書類(以下「意見表明報告書」という。)を内閣総理大臣に提出しなければならない。」とされています。
(*3) 判旨についてはこちら:http://courts.delaware.gov/opinions/(0u1gde55prsk0b45r0bcy2q2)/download.aspx?ID=61090

日本企業同士のM&Aでも必要なSECへの登録(その2)

Form F-4ファイリングについては、前回述べた「10%テスト」が最も重要な点ですが、それ以外に、スケジュール財務諸表の作成義務についても留意する必要があります。

まず、スケジュールについては、該当するM&A取引に関し株主総会の承認を得るため株主に招集通知を送付する時点でForm F-4による登録の効果が発生している必要がありますので、これをゴールに設定します。Form F-4による登録の効果を発生させるためには、SECによるForm F-4および添付資料のレビューを受けて、指示に応じて必要な項目を追加したり、訂正したりしなければなりません。このレビューを受けてSECと非公開でやり取りをする手続のことをConfidential Filingと言いますが、このConfidential Filingの期間は案件の大きさ、複雑さ、提出資料の分量によって変わってきますので、時間的に余裕を持ってSECに草案を提出する必要があります(通常、2~3ヶ月程度前に提出)。

なお、「10%テスト」はいつの時点での10%かが問題となりますが、合併などの"business combination"のケースにおいては「勧誘開始日の30日前の時点」において、公開買付け(exchange offer)のケースでは、「公開買付け開始時点」において判断するとされています(*1)。しかし、実務上は、SECに草案を提出する時点(合併のケースであれば勧誘=株主総会招集の2~3ヶ月程度前)の方が、上記「10%テスト」の基準時よりも早く到来しますので、まだForm F-4を提出する必要があるかが分からないうちに、暫定的に10%テストを行った上で「U.S. holderの株式保有割合が10%超である」可能性があるのであれば、見切り発車をして準備を始める必要があるということになります。

続いて、SECが公開している<Form F-4>のインストラクションを見ますと、Item 5として、<Regulation S-Xの11条>が定める"Pro Forma Financial Information"を記載しなければならないと書かれてあります。”Pro Forma”というのはラテン語で、「形式上の」「見積もりの」という意味を有しますが、この文脈では、「M&A取引完了後の新会社における」財務情報を示しています。株主としては、株式買取請求権を行使するか、当事会社の提案に応じて新会社の株式を受け取るかといった投資判断を迫られることになりますので、新会社において両事業がどのように運営され、どの程度のシナジー効果が発生するかを知る必要があります。そこで、Form F-4において、この"Pro Forma Financial Information"の開示が求められています。

さて、この"Pro Forma Financial Information"については、日本の会計基準で作成したものをそのまま使用することが出来ません。Form F-4を提出する当事会社としては、

① 米国のGAAP(*2)に基づいて作成し、監査も受けた財務諸表
② 日本の会計基準に基づいて作成した財務諸表に、米国GAAPを適用した場合の調整事項(reconciliation)を加えた資料


のいずれかを提出しなければなりません。これら財務諸表の作成に当たっては通常監査法人のサポートを受けることになりますので、この点でも時間と費用が掛かってきます。SECに提出する草案には既にこの"Pro Forma Financial Information"が添付されている必要があることを考えれば、株主総会開催日の半年ほど前から準備を開始しなければならないことが分かります。

このように、株式の10%以上を米国居住株主に保有されているケースでは、SECへの登録のために、米国のGAAPに沿った財務諸表を作ったり、SECと登録関係書類を巡ってやり取りをしなければならない結果、相当の時間と労力が費やされることになります。ときに統合のスケジュール面に深刻な影響を及ぼすこともある手続ですので、M&Aに関与している当事者・実務家としては常に注意が必要です。なお、日本企業同士のM&Aであっても海外の法規制をチェックする必要があるという点では競争法も同じですが、外国の競争法については別の機会に述べたいと思います。


以上がForm F-4に関する基本的手続になりますが、Form F-4を提出した会社は1934年証券取引所法が定める継続開示義務に服することになりますので、各事業年度の終了後120日以内に<Form 20-F(年次報告書)>を、報告事項が発生する度に<Form 6-K(臨時報告書)>をSECに提出しなければなりません。

* Form F-4の具体例(John Hancock Financial Services, Inc.とManulife Financial Corporationの合併の際にSECに提出されたもの):http://www.manulife.com/corporate/corporate2.nsf/Public/formF4.html


(*1) 条文:Calculate percentage of outstanding securities held by U.S. holders as of the record date for a rights offering, or 30 days before the commencement of an exchange offer or the solicitation for a business combination.
(*2) Generally Accepted Accounting Principles(一般に公正妥当と認められた会計原則):米国のGAAPは、会計基準設定主体である<財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board)>が設定する権限を有しています。なお、FASBは、「GAAPを遵守させる権限」は有していませんが、SECが公開企業に対してその全ての財務報告書がFASB基準に適合していることを求めていることによって、また、アメリカ公認会計士協会(AICPA)が公開会社・非公開会社を問わず監査報告書を付す条件としてその財務諸表がGAAPによるものであることを求めていることによって、GAAP基準が遵守されるメカニズムが形成されています。

日本企業同士のM&Aでも必要なSECへの登録(その1)

日本企業A社と日本企業B社が合併し、B社が消滅するとします。仮にB社の株主に米国在住者が15%含まれていた場合、当事会社はSECに対して報告書を提出する義務を負うでしょうか?B社の株主のうち米国在住者は7%しかいなかったが、B社に40%の株式を保有する大株主が居た場合はどうでしょうか?

結論としては、いずれのケースについても、①存続会社であるA社が、②SECに対してForm F-4と呼ばれる登録届出書を提出する義務があり、③しかも、Form F-4の登録の効力が株主総会招集通知の発送日までに発生するようスケジュールを立てなければならない、④更に、Form F-4には日本の会計基準に拠って作成した財務諸表は添付できないので別途作成する必要がある、ということになります。このように、米国証券法・証券取引所法の規制は日本企業にも無関係ではないため、以下、具体的な要件と手続について整理して紹介したいと思います。

1 日本企業同士のM&Aと米国証券(取引所)法との関係

例えば、日本企業同士が株式を対価とする合併を行うケースにおいて、消滅会社の株主に米国在住の株主が含まれている場合、当該米国株主には存続会社の株式が交付されることになります。これは合併という事業統合の結果として不可避的に発生するものであるため、証券の「募集」そのものには該当しないように見えますが、投資家から見た場合には、その株式を受け取る代わりに株式買取請求権を行使して現金に換えてもらう方法もあるわけですから、しっかり情報開示をしてもらって投資判断ができるようにしてもらわなければ困ります。よって、M&Aに伴う米国居住者に対する株式発行に関しては、1933年証券法において、SECに対してForm F-4(*1)と呼ばれる登録届出書を提出しなければならないと定められています。すなわち、ここでのポイントは、アメリカから見れば国外の企業同士が国外でM&Aを行う場合であっても、米国居住株主を含んでいる限り、米国証券法の規制が及ぶ可能性があるということです。


2 SECへの登録届出が必要な場合

まず、M&Aの結果株式を発行する会社(合併であれば存続会社、株式交換であれば完全親会社となる会社、株式移転では当事会社の両方)に「米国の株主」(U.S. holder)が含まれていることが必要です。
次に、ここで言うU.S. holderとは、Rule 800の(h)において、「U.S. holder means any security holder resident in the United States」と規定されていることから、米国に居住していれば国籍は関係ないことが分かります。

続いて、株主にU.S. holderが含まれている場合のうち、以下に該当するケースについては登録届出が免除されます(*3) 。
① U.S. holderの株式保有割合が10%以下であること
② U.S. holderが対象会社の他の株主と平等に取り扱われること
③ 株主に対して一定の情報開示がなされること


なお、ここでのポイントは、上記①の計算においては、「自己株式」「保有割合10%超の大株主の株式」「役員等関係者の持株」についてはその保有割合を分母から除外しなければならないという点です。冒頭のケースで言えば、「B社の株主のうち米国在住者は7%しかいなかったが、B社に40%の株式を保有する大株主が居た場合」、大株主を除いた60%のうち、7%を米国在住者が占めていることになりますので、10%テストをクリアできません。よって、この場合は、SECへForm F-4を提出しなければなりません。

また、株主がU.S. holderか否かを判断するためには、「実質株主を確定する作業」が必要になります。すなわち、日本の上場企業の場合は通常半期ごとに作成される株主名簿に記載された株主の住所を基準にすることになりますが、ブローカー、ディーラー、銀行等のNomineeが顧客のために株式を保有している場合には、当該Nomineeに対して実質株主に米国居住者が含まれているかと照会するといった”reasonable inquiry”を行う必要があり(*4)、その他にも、証券取引所に対して提出されている報告書などから実質株主が判明した場合にはこれを計算結果に反映させなければならないと規定されており、注意が必要です(いずれもRule800において規定されています)。

本手続に関するその他のポイントについては、次回のコラムで書きたいと思います。


(*1) Form F-4は、「米国から見た場合の外国企業が米国において証券の公募を行うときにSECに提出するForm F-1または Form F-3と呼ばれるRegistration Statement(登録届出書)」とは別のフォームになります。
(*2) Rule 800は、1933年証券法の<General Rules and Regulations>の中に規定されています。
(*3) より詳細なルールについては、<Rule 802>参照
(*4) ”reasonable inquiry”を行っても実質株主が判明しなかった場合については、Nomineeの主たる営業所を当該株主の居住地と見なすことができるとされています。

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