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Author:井垣太介 (Taisuke Igaki)
日本及び米国NY州弁護士
 @西村あさひ法律事務所

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M&Aの労務(その6)~M&Aの際の希望退職募集について~

M&A、特に会社更生や民事再生の手続の中で行なわれるM&Aの際には、経費を削減することによって事業そのものの建て直しを図らなければならないことから、従業員を全員は連れて行けない場合があります。しかし、このような場合であっても、合併、会社分割、事業譲渡等を直接の理由とする解雇は認められません(*1)。すなわち、①人員削減の必要性、②解雇回避努力を行ったか、③解雇される人の選定の妥当性、④手続の妥当性という、いわゆる整理解雇の4要件を充たさない限り、解雇はできないと考えなければなりません。この整理解雇の4要件に関しては文字通り山ほど判例が存在しますので、詳細はまた別の機会に紹介したいと思いますが、ここでは、②の解雇回避努力の一環として行なわれる「希望退職募集」について触れておきたいと思います。

(日本においては)解雇は可能な限り回避されなければなりません。人件費を減らす必要があるのであれば、まず新規採用を止めるという方法がありますし、可能であれば残業代の支払額を減らすために残業を規制することも考えなければなりません。また、適法な範囲でパートタイマーの方にまず辞めていただくことも一つの方法です。更に、M&Aに伴い一部の事業そのものがなくなるのであれば、その事業に従事していた従業員については配置転換や出向という形で引き続き雇用できないか検討することが必要です。しかし、そこまでやってもなお人員の吸収ができない場合は、希望退職者を募集することを考えなければなりません(裁判になると、希望退職募集を行なったかどうかが、解雇回避努力を尽くしたかどうかの判断の際に考慮されることがありますので、その意味でも、希望退職募集を行なう意味があります)。

希望退職募集というのは、文字通り、自主的に希望して退職してくれる人を募集することですが、通常の退職勧奨と異なるのは、退職手当の増額といった特典を付して募集を掛ける点です(再就職の斡旋や、再就職に必要な費用を会社が負担するパターンもあります)。これによって、従業員が被る不利益を一定範囲で補填することができますので、その結果、より多くの従業員が自主退職に応じてくれることが期待できます。しかし、それでも予定していた退職者数に到達しないこともあるでしょう。また、逆に、割増退職金という特典を付した結果、退職して欲しくないキーパーソンが退職を願い出てくることもありえます。

まず、希望退職募集を行なっても予定していた退職者数に達しなかった場合には、会社はどのように対応すべきでしょうか?

一つの方法は、再度、キャンペーン(希望退職募集)を行なうことです。シンプルですが、最も公平で問題が発生しにくい方法と言えます。
もう一つは、個別に従業員に声掛け(退職勧奨)を行なう方法です。時間がないときやあと数人で予定人数に達する場合などには、個別の声掛けの方が便利ということになろうかと思いますが、この場合は、退職勧奨行為が行き過ぎて不法行為とならないように注意が必要です。例えば、市の教育委員会が特定の教諭を4ヶ月間に13回も呼び出して、ときに2時間にも及ぶ退職勧奨を行なったケースで、裁判所は、教育委員会の行為は、多数回かつ長期に亘る執拗なものであり、退職勧奨として許される限界を超えるから違法であると判示しました(*2)。このケースでも示されたように、退職勧奨はあくまでも自主的・任意の退職を呼び掛けるものでなければなりません。半分強制のような勧奨やあまりに執拗な呼び出し・説得行為は、社会的相当性に欠けるものとして不法行為を構成しますので、注意が必要です。

次に、優遇措置を提案した結果、退職して欲しくないキーパーソンが退職を願い出てきた場合には、会社はどのように対応すべきでしょうか?

前提として、特定の従業員が会社の希望退職募集に応募したことで、当然に退職の合意が成立するわけではないことを確認しておきたいと思います。民法上、契約(ここでは優遇条件付退職合意)の成立には、「申込み」と「受諾」という二つの行為が必要ですが、判例は、希望退職募集のケースに関し、会社からの募集は「申込み」には当たらないとしています(*3)。すなわち、希望退職募集がなされていることを知った従業員が「退職したい」と申し出てきた時点で、それが「申込み」になります。よって、会社がその「申込み」に対して「受諾」しなければ優遇条件付退職合意は成立しないことになります。しかし、もともと辞めたいと思っている人を引き止めるのは非常に難しいものです。例えば、その人が、「それならば割増退職金は要らない。通常の退職金で構わないから辞める」と言ってきたときにはなすすべがありません。また、現実問題として、従業員と会社との間で、何が民法上の「申込み」か「受諾」かという法律上の議論を戦わせることは正しい姿とは言えないと思います。無用のトラブルを避けるためにも、希望退職募集を行なう際に、「なお、この優遇措置は、会社が認めた人に限って適用されます。」と明記しておくことが必要でしょう。その上で、キーパーソンについては、事前に会社の希望を伝え、十分な話し合いを経た上で残留の方向で考えてもらうプロセスが大切になってくると考えます。


(*1) <分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針>も、「普通解雇や整理解雇について判例法理が確立しており、会社は、これに反する会社の分割のみを理由とする解雇を行なってはならない」としています。
(*2) 最判昭和55年7月10日(下関商業高校事件、労働判例345号20頁)
(*3) 東京高判平成16年3月17日(日本オラクル事件、労働判例873号90頁)
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M&Aの労務(その5)~事業譲渡における雇用契約の取扱い(2)~

2. 転籍しない人に関する問題

(1) 旧会社を解散させる場合の問題点
事業譲渡後に、旧会社を解散・清算するというのはよく見られるパターンです。特に、事業再生のプロセスにおいて事業譲渡が行なわれた場合には、残った会社は債権者への弁済を行なうことが唯一の仕事であり、それは清算手続の中で行なえますので、会社は解散し、残された従業員も解雇されます。この場合、「解散に伴う解雇であるから当然に許される」と考えても良いのでしょうか?

答えはNOです。この点については判例がいくつもあり、譲渡会社と譲受会社が実質的に同一とみなされるケースでは、特定の従業員を排除するための「偽装廃業」「仮装解散」として、解雇無効の判断が下されています(*1)。この場合、いわゆる整理解雇の4要件(*2)を充たさない限り、解雇はできないことになります。

なお、横浜地判平成15年12月6日(勝英自動車事件、労働判例871号108頁)は、譲渡会社と譲受会社が実質的に同一とみなされないケースであったにも拘らず、そこで行なわれた営業譲渡が特定の従業員を個別に排除するためのものであったと評価して、譲受会社が従業員の選別を行なえるとする営業譲渡契約の条項を公序良俗違反と認定しました。この勝英自動車事件の判決は、「譲渡会社と譲受会社が実質的に同一であること」を要件とする従前の判例基準を飛び越えて従業員の利益保護を一層厚く図ったものと言えますが、事業譲渡が本来「特定承継」であって、引き継ぐ資産、権利義務、契約を自由に取捨選択できるものであることからすれば、「行き過ぎ」の判断だったのではないかという疑問を抱きます。しかし、譲渡会社と譲受会社が完全な別会社であれば安心と言い切れなくなったのも事実であり、転籍を希望する人がいるのにそれを認めない場合には、後に無効とされる可能性がないかについて検証が必要だと考えます。

(2) 転籍して欲しい人が残ってしまった場合の扱い
転籍については、就業場所の変更につながったり、雇用条件の変更をもたらすため、新会社に転籍して欲しい人が旧会社に残りたいという選択をする場合もあります。この場合に、譲渡会社にはもはやその人がそれまで従事していた事業自体が存在しませんので、会社としては、当該従業員jを余剰人員として把握し、解雇を考えるかも知れません。

しかし、事業譲渡に伴う転籍について承諾しなかったことを理由として解雇を行なうことは認められません。なぜなら、そもそも転籍を業務命令として命じることはできず、転籍に応じるかどうかは従業員の自由だからです。したがって、やはりここでも整理解雇の4要件を充たさない限り、解雇はできないことになります。

以上、事業譲渡が行なわれた場合の問題点について、転籍した従業員と転籍しなかった従業員に分けて整理して見て来ましたが、実務上最も大切なのは、転籍の際の退職金支払いと雇用条件の変更がやむを得ないものであることを従業員の皆さんに可能な限り理解していただくことではないかと考えます。私が従業員であれば、退職金が目減りすること(事業譲渡の時点でそれまでの勤続年数に応じた退職金が一旦支払われ、新会社退職時に新会社での勤続年数に応じた退職金を受け取るということになると、退職金総額は減る可能性の方が高いと思われます)や、勤務場所が突然変わることについては抵抗を覚えると思いますので、この点に関して、事前に会社からしっかりした話が欲しいと思うに違いありません。また、事業譲渡に伴って新会社に移ってもらうことができない従業員についても、十分に話し合うことが大切です。誠意をもって十分な協議を行なったかどうかが裁判所の考慮要素の一つになるという法律の話以前に、やはり話してみなければ開けない道もあると思いますし、会社を支えてきてくれた従業員と膝を交えて腹を割って話をするのは当然のことと感じるからです。


(*1) 大阪地決平成6年8月5日(労働判例668号48頁)、奈良地決平成11年1月11日(労働判例753号15頁)など。
(*2) ①人員削減の必要性、②解雇回避努力を行ったか、③解雇される人の選定の妥当性、④手続の妥当性

M&Aの労務(その4)~事業譲渡における雇用契約の取扱い(1)~

続いて、事業譲渡において雇用契約がどのように扱われるかについて見ていきたいと思います。

事業譲渡は、これまでに述べてきた合併や会社分割とは異なり、個々の資産、権利義務関係、契約などを個別に移転する行為です(前者の「包括承継」に対して「特定承継」と呼ばれます)。よって、雇用契約についても、この特定承継の原則に従って、個別に移転させる行為が必要になります。具体的には、

① 事業の譲渡会社・譲受会社間での合意
② 転籍対象になる従業員一人一人の同意


があって初めて、雇用契約が新会社に移転します。ここで「転籍」と言う場合、「旧会社を退職し、新会社で新たに雇用される」方式と、「雇用契約上の地位を新会社が引き継ぐ」方式がありますが、M&Aの手法として事業譲渡を選択するメリットの一つに、「旧会社が抱える債務(従業員に対する未払残業代などの潜在的債務も含む)を承継しないで済む」という点が挙げられますので、実務上は、通常、前者の「旧会社を退職し、新会社で新たに雇用される」方式が選択されます。

ところで、上記のように、事業譲渡に伴ってどの従業員を転籍させるかについては、「事業の譲渡会社・譲受会社間での合意」によって決められる結果、例えば、譲受会社が「この人は要らない」と言えば、その人は転籍できません(この点が会社分割とは異なる点です)。以下では、この原則を踏まえた上で、①転籍する人に関する問題、②転籍しない人に関する問題に分けて、実務上の論点を整理していきたいと思います。

1. 転籍する人に関する問題

(1) 転籍承諾書の取り付け
実務上は、「この人には是非来て欲しい」と譲受会社が思っても、本人の意向で転籍してもらえないケースがあります。このようなケースを想定し、契約書においては、転籍承諾書の取り付けに関する一定の努力義務を譲渡会社側に課するのが通常です。また、キーパーソンが転籍してくれない場合に備えて、譲渡価格を減額できるスキームを組み込むことも考えられます。更に、奥の手として、「出向」を利用する方法もあります。出向については、採用時の雇用契約書において「将来、出向がありえます」と書いて従業員の包括的な同意をもらっておけば、実際に出向する段階では従業員の個別の同意は不要と解されています。よって、新会社の業務が軌道に乗るまでの間、キーパーソンとなる従業員には出向という形で新会社で働いてもらうことで、事業移転をスムーズに行なえる可能性があります(ただ、出向権の濫用とならないよう、その従業員には出向手当てなどを支給して、不利益を与えないよう配慮する必要があります)。

(2) 引き継ぐものと引き継がないもの
まずは労働条件の引継ぎが問題となりますが、譲受会社が事業譲渡という方式を選択した時点で、通常、譲受会社は、転籍者に新会社における新条件を適用することを希望(想定)しています。よって、契約交渉もそれを前提に進められるのが通常ですが、雇用条件が急激に変化(悪化)すると転籍して欲しい人にも転籍してもらえないことになりますので、契約書において、特定の期間(例えば、転籍後1年間)が経過するまでは、旧会社における雇用条件を下回らない(特に賃金関係)ことを約束しておく手法もあります。とりわけ、事業譲渡後のリストラなどが想定される事業再生絡みのM&Aにおいては、管財人(会社更生の場合)や申立代理人(民事再生の場合)からスポンサーに対して、「新会社においては、少なくとも1年間は、直近1年間の平均給与を支給すること」といった条件を課すケースも多く見られます。

なお、この点に関し最も問題になるのはボリュームが大きくなる退職金の取扱いですが、①譲渡会社を退職する際に精算し、譲受会社では譲受会社の退職金支給規程に従うとするのか、②譲渡会社において発生している退職金債務を、当該従業員が譲受会社を退職する際に一括して支払うこととするのか(この場合、通常、既に発生している退職金債務相当額について事業譲渡代金を減額する)について明確に定めておく必要があります。

更に、退職金計算や年次有給休暇の計算の基礎となる勤続年数の通算、未消化の有給休暇の承継についても、事前に取り決めておかなければなりません。実務上は、「退職金は旧会社退職時に支払う」「勤続年数は通算しない」「未消化の有給休暇は一定の範囲内で承継を認める」というパターンが多いのではないかと感じます。

転籍しない人に関する問題については、次回のコラムで述べたいと思います。

M&Aの労務(その3)~会社分割における雇用契約の取扱い~

会社分割は、個別の権利・義務移転行為がなくとも事業や権利義務関係が分割会社から承継会社に移転するという点で合併と同じ「包括承継」ですが、合併と異なり、一部の事業や権利義務関係のみの移転が可能な結果(*1)、会社に居る従業員のうち、承継対象事業に従事する人たちだけ新会社に移り、他の人たちはそのまま残るという現象が発生する点が合併とは異なります。この場合、「誰が新会社に移ることになるか」という問題が発生します。

そこで、会社分割に関しては、労働者保護の観点から、<「労働契約承継法」(正式名称:会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)><同法施行規則>および<指針>(*2)が定められています。

原則から確認してみたいと思いますが、会社分割は前述のとおり「包括承継」行為ですので、会社分割によって切り出す事業に従事する従業員として分割計画書または分割契約書に記載された従業員は、特別なプロセスを経ることなく、当然に承継会社に移転することになります。会社分割は、事業譲渡や資産譲渡であれば必要になる「契約の相手方(従業員も含む)」の個別の同意を得ることなく、契約関係を当然に承継会社に承継させる点にメリットがありますから、ここに会社側から見た場合の使いやすさがあるわけです。しかし、従業員からしてみれば、新会社に移りたくないのに強制的に移されたり、逆に、当然移れると思っていたのに自分だけが取り残されて移れないケースも出てきます。穿った見方をすれば、特定の従業員を排除するために予め承継対象事業を行なう部署に配置換えを行い、事業とセットで切り出してしまう、あるいは逆に、新体制下では居て欲しくない従業員を意図的に排除するために分割計画書・契約書にその従業員の名前を載せないというケースもありえます。

そこで、平成12年商法改正と同時に制定された労働契約承継法は、分割計画書・契約書に記載された従業員は当然承継されるという原則論を基本としつつも、従業員を上記のような不利益的取扱いから守るために、会社分割に先立ち労働者の「理解と協力」を得ることを求めた上で(承継法7条)、以下のプロセスを踏むことを要求しています。

(1) 会社の通知義務(承継法2条1項、2項)
従業員の雇用契約が承継されるか否か、また、承継される場合その従業員が今度従事することになる業務の内容・就業場所などは従業員にとって非常に大事なポイントになりますので、会社は、分割計画書等を承認する株主総会の2週間前までに
① 「承継される営業に主として従事する労働者」全員
② 「承継される営業を従たる職務とする労働者」であるが承継対象となっている人
③ 労働組合

に対して、書面により法律で定められた事項を通知しなければなりません。

(2) 従業員の異議申出権(承継法2条1項1号・2号、3条ないし5条)
「承継される営業に主として従事する労働者」であるにも拘らず、分割計画書・契約書に記載されなかった人は、異議申出権を行使することによって承継会社に移ることができます。また、逆に、「承継される営業を従たる職務とする労働者」であるにも拘らず、分割計画書・契約書に記載されてしまった人についても、やはり異議申出権を行使することによって、分割会社に残ることができます(*3)。
異議申出は、上記(1)の通知がなされた日から最低13日間は受け付けなければなりません。よって、スケジュールとしては、例えば6月30日に株主総会を開くのであれば、6月15日に従業員に通知を行い、6月29日に異議の受付けを締め切るといった流れが一般的であると考えます。

(3) 従業員との協議(承継法7条、6条2項、同法施行規則4条)
上記の通知と異議申出とは別に、会社は従業員の「理解と協力」を得るために、労働組合(労働者の過半数で組織する労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者)と協議しなければならないとされています。
また、それとは別に、更に会社は株主総会の2週間前までに「従業員との個別協議」も行なわなければなりません(平成12年商法等改正法附則5条)。これは、労働計画書等の内容を事後的・一方的に従業員に告知するだけでは、自分がなぜ承継対象なのか(承継対象でないのか)、今後どのような業務を行うことになるのかといった点について従業員がきちんと理解することができないからです。

なお、会社分割の際に労働条件の変更が許されるかという問題がありますが、これについて前記「指針」は、「労働条件はそのまま維持される」べきとしています。また、有給休暇の日数や退職金の算定基礎となる勤続年数についても、旧新会社における「通算」が要求されています。これは、会社分割が「包括承継」であるという考え方に忠実に基づいており、従業員の立場になるべく変化が発生しないようにとの配慮から提唱されているものと言えます。


(*1) 旧商法時代は、少なくとも「事業の一部」の移転が必要でしたが、新会社法になって、「事業に関して有する権利義務の全部または一部」の移転も可能となりました(会社法2条29号、30号)。
(*2) 正式名称: 分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針
(*3) もともと「承継される営業を従たる職務とする労働者」であったがために分割計画書・契約書に記載されてなかった人については、承継会社に移れないことに関し異議申出権を行使することはできません。

M&Aの労務(その2)~合併に伴う雇用条件の統一(2)~

さて、労働契約は会社と従業員間の個別の契約、就業規則は会社が一方的に定めるルールということで、両者の効力関係がどうなるのか?・・・というのが前回の問題提起でした。

労働契約と就業規則との関係、労働契約と労働基準法との関係、就業規則と労働協約との関係については、従前は、労働基準法と労働組合法が定めていました。そこでの基本的考え方は、①労働基準法、②労働協約、③就業規則、④労働契約の順に効力が強いというものであり、この点は今でも変わっていませんが、平成20年3月1日から新たに労働契約法が施行されたことによって、これらの関係が条文で明確に定められました。

このうち労働契約と就業規則との関係については、労働契約法の7条、9条、10条が定めていますので、条文を見ておきたいと思います。

 (労働契約の内容と就業規則との関係)
第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

 (就業規則による労働契約の内容の変更)
第9条
 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する合を除き、この限りでない。


すなわち、第9条で、「労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」としつつも、第10条で、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」は、就業規則の変更という方法によって個別の労働契約の内容を変えることができるとされています(*1)。これの例外として、「労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分」については、個別の契約更改によらざるを得ませんが、通常は、就業規則の「合理的な」変更で対応可能であると理解できます。

よって、合併に伴い、両当事会社の従業員の労働条件を統一する場合には、原則として、就業規則の変更という方法を選択すれば足りることになります。この場合、例えば、A社の就業規則の方が全ての点においてB社の就業規則よりも従業員にとって有利なケースであれば、トラブルを回避するために全てをA社の就業規則に合わせる方法もあります。しかし、通常は、有利不利の判断が困難な条項が入っていたり、A社の就業規則のこの点は従業員にとって有利だが、別の点はB社の就業規則の方が有利といったケースであろうと思います。そうすると、必然的に、「就業規則の不利益変更」のおそれが出てきます。

したがって、裁判になれば考慮されるであろう労働契約法10条所定の事情(労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情)をしっかり吟味し、合併の数ヶ月前から労働組合や労働者代表との協議を開始し、従業員にとってより有利な条件があればそちらを可能な限り適用するなどの方法で内容を詰めておく必要があります。

なお、会社の合併そのものではありませんが、農協の合同に伴い退職給与規定の統一の可否が問題となった大曲市農協事件(*2)で、裁判所は、「労働条件の統一的画一的処理の要請から、旧組織から引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用しなければならない必要性が高い」として、就業規則の不利益変更を認めました。ただ、ここでは、雇用条件の改善点などについても考慮されていますので、「合併するのだから、就業規則の統一は当然認められる」とは考えない方が良いでしょう。特に、給料や退職金など、労働者にとって非常に重要な権利・利益に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、より高度の必要性が要求されます。従業員との対話というプロセスと、不利益変更ばかりではないという結果、不利益変更部分については裁判所を説得できるだけの必要性を論証できることが大事だと考えます。


(*1) もともと、就業規則の不利益変更については、裁判所が、「労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」と判示していました(秋北バス事件)。そして、ここにおける「合理性」は、不利益の内容・程度や、変更の必要性、代償措置、交渉経緯などを考慮して判断するとされていましたので、このような裁判上の判断枠組みが明文化されたのが労働契約法9条だと言えます。
(*2) 最判昭和63年2月16日(民集42巻2号60頁)

M&Aの労務(その1)~合併に伴う雇用条件の統一(1)~

M&Aが失敗するか成功するかはクロージング後の努力にかかっていると前回のコラムで書きましたが、その努力を行なうのは会社で働く従業員や役員ですので、これらの「人」に注目することなくM&Aを成功に導くのは不可能であると言っても過言ではないと思います。また、従業員の退職金や年金といった労働債務の問題(制度の新設や移転も含む)は、M&A後の再出発において思いのほか大きな負担・面倒な手続になる場合があります。更には、M&Aに伴いリストラや労働条件の変更を買主が希望しているケースも少なくありません。しかし、M&Aでは、スケジュールがタイトであることも影響して、相手方との条件交渉やスキームの内容に関心が集中し、この「人」の問題の検討や従業員の心理的側面への配慮が疎かになることがあります。そこで、今回から数回のシリーズで、M&Aの労務について書いていきたいと思います。

今回はまず、「合併に伴う雇用条件の統一」について扱います。
合併は法律上「包括承継」と呼ばれ、消滅会社の全ての権利義務関係が存続会社に移転しますので、消滅会社と消滅会社の従業員・労働組合間に存在した雇用契約、就業規則、労働協約などは全て存続会社・新設会社に引き継がれます。その結果として何が起こるか?・・・特に何もしなければ、一つの会社の中に、複数の契約形態やルールが存在することになります。そうすると、例えば、A社出身の課長はA社の就業規則に従い朝8時に出勤してくるのに、B社出身の若い主任はB社の就業規則に従い9時出勤で構わないことになり、課長は毎朝苦々しい顔で重役出勤してくる若い主任を眺めて暮らすという状況が発生するかも知れません。これが給料や退職金等の待遇の違いであれば、例えば、ほとんど同じ時期に入社した二人なのに、出身会社の違いによって退職時に受け取る退職金額が異なってくるなどの事態が発生し、もっと深刻な不公平感につながることもあるでしょう。よって、どちらの会社の出身者かによって労働者としての立場(会社から見れば労務管理の方法)に違いが生じることがないよう、労働条件の統一作業が必要になってきます。

労働条件の統一作業とは、少なくとも一方の会社の従業員にとっては、雇用条件の変更を意味します。そして、雇用条件の変更は、各従業員が会社と個別に締結している「雇用契約の変更」、あるいは会社が定めている「就業規則の変更」という形を採って行なわれることになります(両当事会社に労働組合が存在する場合には、労働組合の合同(合体)が発生すれば、それに合わせて労働協約の統一化作業も必要になってきます)。

この場合、就業規則を変更すれば足りるのでしょうか?それとも個別の雇用契約まで逐一協議の上で締結しなおさなければならないのでしょうか?これは、「雇用契約と就業規則の関係」に関する問題と言えますので、まずはその点について見ておきたいと思います。

そもそも雇用契約とは、会社と各従業員が双方合意の上で締結する個別の契約で、申込みと承諾があって初めて成立する点で、売買契約や賃貸借契約などの他の契約と同じです。これに対して、就業規則とは、使用者側が(従業員と相談の上で一方的に)定める内部規律で、始業・就業の時刻や賃金など、労働基準法所定の事項について定められます。雇用契約の条件は、通常、この就業規則を基に定められることになります。なお、<労働基準法>89条は、「常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。」としていますので、小さな会社であれば就業規則がない場合もありますが、ここでは就業規則が存在することを前提に話を進めます。

なお、簡単に就業規則関連の手続について触れておきますと、就業規則の作成・変更を行ったときは労働者の過半数代表者(過半数を代表する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は過半数代表者)の意見を聞く必要があり、その上で、所轄の労働基準監督署に、労働者代表の意見書を添付して届け出ることになります。ただ、就業規則の作成・変更に、労働者の「同意」までは要求されていません。たとえ労働者の代表が反対意見を述べても、反対意見を記載した意見書を添付することで足りますので、この意味で、就業規則は会社が一方的に定める決まりと言えます(ただし、後述する、就業規則の不利益変更の問題はあります)。最後に、作成・変更した就業規則は、各従業員がその内容をきちんと認識できるよう、見やすい場所に常時掲示する、印刷して配布する、電磁的方法(イントラネットなど)を使って閲覧できるようにするなどの方法によって、社内に周知させる必要があります。

このように、就業規則は、労働者との協議や社内周知の手続といったプロセスは要求されるものの、不利益変更として許されない場合を除いて会社の意図どおりの規則を作ることが可能で、かつ、個別に契約更改交渉を行なわなくとも一度に労働条件を変更することができますので、会社から見た場合には便利な方法であると言えます。その結果、就業規則の変更という方法によって個別の雇用契約に定められた労働条件まで変更できるかが問題となってくるわけですが、続きは、次回のコラムで書きたいと思います。

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