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井垣太介 (Taisuke Igaki)

Author:井垣太介 (Taisuke Igaki)
日本及び米国NY州弁護士
 @西村あさひ法律事務所

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事務所移籍のお知らせ

皆様

いつも本ブログをチェックして頂いて有り難うございます。

私事になりますが、2013年6月1日付で西村あさひ法律事務所に移籍致しましたので、ご報告させて頂きます。

今後とも宜しくお願い申し上げます。
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証券会社向け無料出張M&Aセミナー(勉強会)の追加

<銀行向け無料出張M&Aセミナー(勉強会)のご案内>にてご提案させていただいた無料セミナー(勉強会)の対象範囲を証券会社にも拡大させていただきます。

特に、普段からM&Aニーズに触れてはいるが、案件化までのノウハウが十分ではない全国の証券会社のご担当者様との勉強会をイメージしております。

既に銀行向けセミナーについては複数のお申し込みを頂いておりますが、証券会社についてもお待ちしております。

世界GDPにおける日本のGDPシェアは、1990年には14.3%だったのが2011年には8.4%にまで下がりました。日本の一人当たりGDPの世界ランキングについては、2000年には3位だったのが、2011年は18位です。貿易収支、サービス収支ともに大赤字で、日本は世界経済の中心からどんどん離れていっています。

それから、「人口ボーナス」という言葉をご存知でしょうか。人口ボーナスというのは、生産年齢人口の割合の高さが経済発展を後押しする作用のことを言いますが、日本の人口ボーナスは1950年~1990年であり、既に20年前から下降曲線に入っています。中国の人口ボーナスが1965年から2015年、インドの人口ボーナスは1970年から2035年といわれています。ベトナムは1970年から2020年、インドネシアは1970年から2030年です(United Nations, World Population Prospects: 2004 Revisionより)。

今の日本の多くの企業は台頭する新興国に「価格」で負けていると感じていますが、もう数年経てば、「価格」で負ける、「特長」で負ける、「スピード」で負ける、「市場の広さ」で負けるの四重苦が襲ってくると思われます。iPodを売り出したアップルの売上高は2000年には50億ドルしかなかったものが、2012年には6,325億ドルにまで膨らみました。iPodに含まれている技術自体はそれほど珍しいものではなく、いろいろなアイデアを上手に組み合わせて使いやすくし、上手にマス・マーケットに売り込んだ結果です。対して、日本の場合は、皆さん、「うちは技術には自信があるんだけどなあ」とおっしゃいます。しかし、売り方についてはさっぱりだったりします。

これまで大企業の下にぶら下がっていた中小の製造企業はもはや虎の子の技術だけでは生き残ることができず、その技術の「売り方」を学び、作る者と売る者がアライアンスを組んで外需を求めていかなければ、日本の未来はないと思います。日本各地で経済特区とか国際戦略特区といった特区が流行っていますが、政府の認定事業となったからといって道が拓けるとは到底思えません。そのような制度の中で安心してしまうことはかえって危険ですし、やはり、自ら、(使える専門家は使い倒して)他社とアライアンスを組んで、海外にも進出していかなければ、日本企業が日本経済と一緒に沈没することになってしまいます。

というような発想で、全国に有能なFAチームが多数誕生してくれたら面白いと思っています。
ご希望がございましたら、<こちらのフォーム>からご連絡頂きますよう宜しくお願い致します。

銀行向け無料出張M&Aセミナー(勉強会)のご案内

最近のM&Aブームの影響を受けて、以前と比較すると手軽に会社の売買が行われるようになっているように思います。しかし、例えば、1000人の社員を抱える会社を買収するということは、1000人の中途採用を行うことと等しいといっても過言ではないと思います。本来であれば、数人を中途採用するだけでも相当慎重な検討を行い、かなりの時間や経費を掛けて決定に至るものと思います。また、子会社を新規に設立するとなれば、相当詳細な事業計画を書き、人員も必要最小限に絞ってスタートするものと思います。ときに設立までに数年間の検討と事前準備が行われることもあるでしょう。ところが、なぜかM&Aとなると、わずか数週間のDD、「売り手が提出する事業計画を原則として尊重した上で行うバリュエーション」を経て、M&A仲介業者等が作成するひな型的契約書を使ってクロージングにまで至るケースが散見されます。

私自身は、M&Aのクロージング後に売り手と買い手の間で紛争が発生し裁判にまで発展したケースを複数見てきましたので、DDや契約書の重要性を痛感していますが、更に重要なのは、事業計画、買収対価、買収後の実績が整合的につながるかどうかだと思います。最近、M&Aの初期段階から、「銀行」が取引先との信頼関係を利用してある程度関与し、融資判断や債権管理を通じて培った嗅覚とノウハウを駆使してフィナンシャル・アドバイザーとして活躍すれば、モノの売買のように気軽に会社の売買を行うことにはならず、失敗リスクの少ない良いM&Aにつなげていけるのではないかと感じることが多々あります。

現状では、立派なM&A部隊を備えたメガバンクですら、適時開示の直前に取引先から電話が掛かり、「明日(酷いときには開示の数十分前に)、他社買収のプレスリリースを行います」と言われて、慌てて行内向けの説明文書を作成するということが少なくないと思われます。

なぜ、銀行がM&Aのプロセスに関与できないか。それは、まず「銀行はお金を貸してくれるところ」というイメージがあり、買収のための融資が必要なケースを除いて、M&Aの当事者の頭の中に「M&Aのサポーター」として思い浮かばないからだと思われます。そして、実際に取引先と普段交流している支店の営業担当者において、M&Aにつながりうる情報を上手にキャッチできず、FAとなるべき機会を喪失しているからだとも考えられます。

銀行には企業の成長を支える責任があるわけですが、昨今の日本企業の成長のキーワードは、M&Aと海外進出です。私自身にもそれらの活動をサポートする責任がありますが、一人、あるいは一事務所としてやれる範囲は当然に限界があります。日本企業の成長を促進するという最終目的のためには、一人でも多くの専門家やサポーターを育てる必要がありますし、銀行が金利ビジネスではない新しい種類の事業分野に積極的に進出して、結果としてwin winの関係で取引先企業の発展に全員で寄与すれば良いと思います。

このようなことをつらつらと考えている中で、自身の日常業務の多忙さを顧みず、来年の「年次ライフワーク」の一つとして銀行向け無料出張セミナーを開催することを決めました。既に個別にはご依頼を頂いているところですが、これを日本全国に広げるべく可能な限り頑張りたいと思います。都銀・地銀・信託銀行を問いません。

具体的には、各行内のM&A担当部署の戦力を増強すると共に、支店まで「FA化」させるためのお手伝いをさせて頂くべく、ご要望のあったところに(北海道から沖縄まで)、順番に無料出張セミナーを提供させて頂き、取引先からM&Aに関する話が出たときにそれをどう具体化させるかという機会創出の手法から、企業価値評価の手法、M&Aを進めるに当たって必要となる法律上の手続/契約書の揃え方等に関するノウハウを分かりやすくご説明させて頂きたいと思います。M&Aに関する取引先とのQ&Aマニュアルを中心とし、どちらかといえばシミュレーショントレーニングを兼ねた勉強会的な進め方になると思われますので、テーマは個別にご相談させて頂きますが、M&A支援を中心とし、ご希望があれば、来年以降増えると思われる事業再生に関する支援、既に地方であっても無視できなくなっている海外案件支援についても追加可能です。

スケジュールの関係で年間10件程度が限度になると思われますが、ご希望がございましたら、<こちらのフォーム>からご連絡頂きますよう宜しくお願い致します。先着順でお受けし、一旦、2013年1月末で受付を締め切りたいと思います。

日本人弁護士による米国逆上陸

皆様、ご無沙汰しております。
今年は大量のM&A案件に文字通り忙殺され、全くブログの更新ができず、申し訳ございませんでした。正確には数えておりませんが、JVや一部出資を含めるとおそらく30件前後の案件を担当し、使用した時間的には半分以上がクロスボーダー案件だったように思います。平均4時間程度の睡眠を更に削ってブログを書くには心身の鍛錬が足りず、皆様の「いつも見ていますよ」というお声に励まされつつ、甘えさせてもらっておりました。

さて、クロスボーダーM&Aといえば、日本人弁護士として初めてアメリカで法律事務所を開設され、日本が誇るクロスボーダーM&A弁護士のパイオニアとして現在もご活躍中の先生がいらっしゃいます。桝田江尻法律事務所(西村あさひ法律事務所に合併する前のあさひ・狛法律事務所の前身)を創設された弁護士の桝田淳二先生です。読まれた方も多いかと思いますが、桝田先生は「国際弁護士」という本も書かれています。この本は桝田先生の自伝であると同時に、米国の法制度や裁判の仕組みが分かる教科書にもなっていますので、皆様(特に国際弁護士を目指されている学生の皆さん)におかれましても、是非一度お読み頂ければと思います。

『国際弁護士 アメリカへの逆上陸の軌跡』桝田淳二/日本経済出版社

実は、今日、東京でその桝田先生にお会いして、食事をしながら色々とお話をお伺いすることができました。

桝田先生は、1977年に桝田江尻法律事務所を開設され、バブル経済の真っ最中だった日本で数多くのクロスボーダーM&A案件を経験されましたが、1990年台に入り外国の弁護士が日本において業務を開始するようになると、日本からもアメリカに「逆上陸」するぞとの決意の下に1991年の年末に単身でニューヨークに乗り込み、オフィスを開設されました。
その後、日本企業の駆け込み寺のようになって多忙を極める業務の合間にアメリカの法律の勉強もされ、1994年にはニューヨーク州の司法試験に合格されています(当時51歳)。ニューヨーク州の司法試験の勉強では大量の暗記を求められますので、50歳を超えてからの挑戦は大変だったそうですが、見事に一発合格されておられます。

桝田先生は、ずっと私が思い描いてきた仕事スタイルをもう何十年も続けてこられました。その過程では相当なご苦労があったものと思いますし、気力的にも体力的にもよく続けてこられたなあと思い、本当に頭が下がります。最近、私が「クロスボーダーM&Aを頻繁にやっている」と言うと、他の弁護士さんから「でも、クロスボーダー案件というのは、海外の弁護士が8割方動いて、日本の弁護士は仕事がないし、儲からないでしょう」と言われることが多いのですが、実際には違います。「違って然るべき」という言うべきかも知れません。資格(現地の弁護士法)の関係で現地の弁護士は雇って協働体制を組みますが、基本的には、言語が英語であり、クライアントからの要請がある限り、DDから交渉、契約書作成まで自ら行うことにしています。その場合、日本側の仕事量は逆に8割を超えてきます。現地の弁護士には現地法に基づくアドバイスや交渉同席を求め、現地政府との折衝等を依頼しますが、メインの仕事については、クライアントも巻き込んで「他人任せ」にしないで進めていくのです。クライアントの皆様も、必死で英語の契約書や財務諸表を読んで、一生懸命英語でメールを書いて、現地での会食も交渉も英語でこなします。それでなければ、買収してからの会社の運営がスムーズにできませんし、中身が良く分からないまま高い買い物をしてしまうことになりかねないからです。

桝田先生は、このような「日本人がクロスボーダー案件の中心に立ってマネジメントし、コントロールする」という仕事の仕方を当初からされてきました。単身でアメリカに乗り込んでいかれたというのも、当時のことを思えば大変な偉業だったと思いますが、何よりも、ときに一つの案件で100人以上の海外の専門家を取り纏めるという神業を駆使しながら、国際案件の真っ只中に自ら飛び込んで他人任せにしないで進めるという仕事のスタイルを継続されてこられたことが素晴らしいと思います。桝田先生からのアドバイスは、要約しますと、①ビジネスを理解する、②相手(クライアントも含む)の本音を正確に読む、③前面に立って誰かに頼らず自分の頭で考える、④解決できない問題はないと信じる、⑤結果に対して全責任を負う、⑥英語力を磨き続ける、の6点でした。普段心掛けていることとはいえ、身が引き締まる思いです。

今日は、桝田先生から、国際弁護士としての先生のご経験、これからの日本の進むべき道、これからの日本人弁護士が果たすべき役割等について、お話を伺い、意見交換させていただくことができ、大変貴重な機会となりました。

今、多くの日本企業は、国内マーケットの縮小、円高等で非常に苦しい状況に置かれています。今後、多くの企業が、生き残りを賭けて海外進出、他社買収を仕掛けると同時に、逆に、他者による買収、民事再生等による大手術を経ながら、事業の存続を図っていくことになると思います。私自身、10年ほど前に民事再生が流行った際には倒産弁護士としての経験を積ませて頂きました。そして、現在は、他社買収、海外進出案件に明け暮れています。来年は、逆境の中で、上に、外に突き抜けようとする企業、そして、やむを得ず一旦落ちてから再起を図ろうとする企業の両方のお手伝いができればと考えております。

今年も残り僅かですが、どうぞ宜しくお願い致します

ご挨拶

2009年1月1日付けで,北浜法律事務所・外国法共同事業のパートナー弁護士に就任致しました。同事務所のM&A部門の責任者の一人として,これまで以上に専門性を高め,的確な実務上のアドバイスとサポートをご提供できるよう,日々勉強し経験を積んでまいりますので,今後も引き続きご指導賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

つきましては,しばらく更新が滞っていた本ブログの執筆活動も再開致しますので,こちらも引き続き宜しくお願い申し上げます。

お詫びとお願い

今まで多くの方からコメントを頂戴しておりますが、最近は迷惑サイトが世の中のブログにランダムにスパム的コメントを書き込むケースが増えていますので、すべて非公開とさせていただいております。しかし、他方で、このブログには、非公開コメントに対して返信する機能が存在しないようで、今まで一件も返信できておりません。質問を書いたのに反応がないと思われていた皆様、申し訳ございません。
そこで、今後につきましては、ご質問、ご意見等をいただける場合には、このブログのプロフィール欄記載の私のメールアドレスまでメールを頂戴できれば幸いです。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いいたします。

お知らせ

いつも本ブログにお立ち寄りいただき、誠に有難うございます。
私事になりますが、この度レイサム&ワトキンス法律事務所(米国ニューヨーク州)での勤務を終え、日本に帰国することとなりました。その関係で、ブログの更新がしばらくできなくなる見込みですが、帰国後はこれまで同様M&A業務に積極的に取り組み、ブログの更新も再開する予定にしておりますので、引き続き宜しくお願い致します。

お陰様でブログのエントリー数も150近くになり、延べ訪問者の数も、今私が確認したところ縁起の良いことに7777人でした。今となっては、5人の訪問があった時点で感激していたブログ開設初日が懐かしい限りです。日本にはM&A関連の専門的ウェブサイトや情報発信ブログがほとんど存在しないことから(アメリカには少なくない数のM&A情報発信サイトが存在します)、自分でそれを立ち上げようと思い立って始めた本ブログですが、この5ヶ月間で大きなテーマは相当数拾えたのではないかと思っています。

と言いましても、M&A関連のテーマはまだまだ残っているように思います。例えば、アメリカでは、本日(2008年7月21日)、Yahoo社が、同社に対して委任状争奪戦(Proxy Fight)を仕掛けていた投資家のCarl Icahn氏と和解したと発表しました(Icahn氏はYahoo社の取締役となる予定)。日本でも、2006年暮れのイチゴジャパンファンドエー(東京鋼鐵の株主)による委任状争奪戦以来、会社と折り合いがつかず委任状争奪戦にまで発展するケースが増えてきており、その結果、委任状争奪戦のプロセスやそこに含まれる諸問題についての議論も活発化しています。M&A情報ブログとしてはこういった問題についても広く拾っていく必要があると考えておりますので、機会を見つけてまた取り上げてみたいと思います。

それでは、いつの日か、皆様と日本あるいは世界のどこかでお会いできる日を楽しみにしております。また、何かメッセージやご質問、ご意見などがございましたら、いつでもtigaki@kitahama.or.jpまでメールをお送りください。

今週のメッセージ(2008年5月19日)~少年事件とM&Aの共通点(その2)~

嫌がる校長先生を説得して「再度、学校で受け入れ、継続的に面倒を見ていく」旨の約束も取り付けました。これまで子どもと仲が悪かったお父さんも、今回の事件をきっかけに考え方が変わり、毎日のように自主的に鑑別所に面談に行ってくれました。「悪友との付き合い」を断ち切るために、子どもの携帯電話はお母さんに持ってもらい、掛かって来る電話には逐一丁寧に対応し、今どれほど大事な時期を子どもが迎えているかを、その悪友一人一人に丁寧に説明してもらいました。子どもは鑑別所の中で、今の心境を感想文に書いてくれています。これから守ることを箇条書きにした書面も裁判所に提出済みです。被害者との間には示談が成立し、被害感情も収まっています。審判には両親ともに出席。万全の状態で臨んだ審判。

しかし、まだ足りないものがあります。それは・・・審判の後に子どもに「大きな期待」を掛け続ける大人の存在です。もちろん、両親や学校の先生は子どもに期待をします。しかし、子どもはときにその期待に素直に応えたくなかったりします。また、保護観察処分になれば、保護監察官や保護司が子どもを見守ります。ただ、保護監察官や保護司さんには審判後に初めて会いますので、信頼関係を築くまでに少し時間が掛かります。

残念なことではありますが、上記のようにやるべきことを全てやって審判に臨み、審判後も引き続き両親や学校が頑張っても再犯に至る子どもが多いのが現実です。子どもは、最初は頑張りますが、半年、1年と経つと、徐々に「どうせ自分なんて」という思いを再び抱き始めることが多いのです。大人である私たちですら、仕事がうまく行ったときはいい気分になりますが、次に失敗するとすぐに暗い気分になります。精神的により不安定な子どもの場合、環境の微妙な変化や大人とのちょっとしたやり取りによって、自信を失って再度非行に走るのはむしろ自然な現象と言えます。ですから、どんなことをしてでも、子どもが再度「いい加減な気持ち」「自暴自棄」になって同じことを繰り返してしまうような「環境」を作らないようにしなければなりません。そのためには、両親や家族以外の誰か大人が子どもに期待を掛けて、「僕が、私が見ているから、頑張ってね」と声を掛け続ける必要があるのです。審判が終われば、これまで毎日のように話をしていた鑑別所のスタッフも、家裁の調査官も去っていきますが、彼らに、子どもの面倒を引き続きみるようにお願いすることは物理的に無理です。よって、その役目を引き受けるのは付添人弁護士しか居ません。

審判が終われば付添人弁護士の仕事も通常そこで終わりますが、私は、その後、保護観察期間が終わるまで、あるいは「1年間」「18歳になるまで」といった区切りの良い期間を定めて、最初は毎週、途中から月に1度、自分の法律事務所に子どもを呼び出すことにしています。両親と一緒に来てもらってもいいですし、活発な子なら独りで来てもらっても構いません。こちらからの宿題は、毎日つけてもらう「一行日記」です。日記に書くことは、①誰とご飯を食べたか、②誰と会ったかの2点で、あとは好きなことを書いてもらって構いません。子どもが家族とご飯を一緒に食べなくなれば再び危機が迫っていると考えます。子どもが「今日会った人」の欄に、非行事件の当時に遊んでいた友達の名前を書けば要注意です(もちろん嘘をつかれている可能性もありますが)。面談ごとにその日記を見ながら、毎日どのように暮らしているかを聞きます。もちろん取調べではありませんので、雰囲気は明るく、8割方は面白い話をしながら、さりげなく子どもの状態をチェックし、自分がどれほど彼・彼女を信頼しているか、期待しているかを肌で感じてもらいます。実際に期待しているわけですから、毎週、毎月会っていれば子どももしっかり感じ取ってくれます。また、興味があれば、子どもを法律事務所の中まで案内します。きれいなお姉さんがたくさん居てびっくりするかも知れませんが、普段は接しない大人の世界を肌で感じるのも、つまらない原付窃盗などに走る気分を喪失させる良い薬です。以前、再犯であったにも拘らず例外的に保護観察にしてもらった少年は、「六法全書」が欲しいと言って来ましたので、プレゼントしました。読んでいるかどうかは分かりませんが、原付の鍵の壊し方に興味を持つよりはよほどいい傾向だと思います。そういえば、その子どもの審判では、保護観察にする条件の一つとして、「保護観察期間終了まで、付添人弁護士の事務所に定期的に通うこと」という項目が設けられていました。裁判所がそこまで付添人弁護士を信頼してくれるのは有難いことです。そして、子どもは社会の宝ですので、こうやって裁判官や弁護士が役割分担をしながら子どもを育てていくのはむしろ当然のことなのかも知れません。

長くなりましたが、少年事件とM&Aの共通点は、アフターケアが重要だということです。少年事件の場合は、審判で保護観察にしてもらうことが一つのゴールですが、「本当にしんどい勝負」は審判後と言えます。その意味で、審判は子どもにとっても子どもの家族にとっても、長い戦いのスタートに過ぎないのです。M&Aでは、つい、合併すること、事業を譲り受けることなどをゴールとしてクロージングを目指しがちですが、本当の勝負はクロージング後に待っています。実は多くの案件が「失敗」と評価されているM&Aの世界で(*1)、本当に幸せな結婚を実現するには、無理な相手に手を出さないということも重要ですが、結婚後の「融和」「融合」もとても大切です。Post Merger Integration(合併後の融合)という言葉が使われるようになってしばらく経ちますが、M&Aの本当の難しさもクロージング後に存在すると感じます。この点は、また機会を改めて考えてみたいと思います。


(*1) M&Aの失敗に関する参考文献: ロバート・E・ブルーナー「M&Aは儲かるのか。なぜ企業買収に失敗するのか」(一灯舎)

今週のメッセージ(2008年5月18日)~少年事件とM&Aの共通点(その1)~

私のライフワークは訴訟と少年事件です。ここで「ライフワーク」とは、採算や利益に過度に囚われることなく、純粋に「やりがい」を動機として一生続けて行きたい仕事のことを指しています。訴訟は、当事者の代弁者となって相手方と粘り強く交渉し、中立的立場にある裁判官にこちらの主張を汲み取ってもらうべくあの手この手で説得作業を行なうという弁護士業の原点ですし、証人尋問・当事者尋問の難しさ、奥深さは、一生を掛けて追求するに値するテーマだと思っています。この訴訟の面白さと難しさについてはまた書きたいと思いますが、今日のトピックは、もう一つのライフワークである少年事件です。

少年事件は、通常は一本の電話からスタートします。電話の相手は大抵は弁護士会で、「○○警察署に、16歳の少年がバイク窃盗で捕まっているのですが、両親が弁護士と相談したいと言っていますので、面談に行ってあげて下さい。」・・・弁護士会は私が少年事件を頻繁にやっていることを知っていますので、当番弁護士(*1)でなくとも、月に1回はこのような電話が掛かって来ます。こちらはそのときややこしいM&Aの契約書とにらめっこをしていたり、Due Diligenceの資料の山に囲まれていたりしますが、何とか時間を作って必ずその日のうちに子ども本人と両親に会いに行きます。

子どもは知らない弁護士が突然やって来て質問攻めをすればそれだけで嫌気が差すでしょうから、まずは法律事務所で両親とじっくり話をし、子どもの生い立ちや性格、これまでの非行歴や学校での成績、趣味や部活動、兄弟との関係、友人関係などあらゆる点について聴き取りをしてから出掛けます。ビジネス→少年事件への頭の切り替えは警察に向かう電車の中で行ないます。警察で初めて出会った子どもは、通常あまり喋りませんし、嘘をついたり、隠し事をしたりするのも普通に見られることですので、細かいことは気にせず、子どもの気持ちになって静かにゆっくり、ときには笑いながら、時間が許す限り話をします。事件がバイク窃盗であれば、バイクの話をじっくりします。どんな種類のバイクが好きかとか、最近トレンディーな鍵の壊し方は何かとか、少年からいろいろ教えてもらいながら、こちらも負けじとバイクの話をします。私の得意技は大型バイクの話です。少年は免許もなくお金もなかったりしますので、盗むのは大抵「原付」ですが、本当に面白いのはもっと速い高性能バイクですので、高校を卒業して免許も取ってアルバイトをしてお金を貯めて大きなバイクを買えばどんなに楽しいかを延々と話して聞かせたりもします。根が素直な子どもは段々と目を輝かせてきますが、再犯で少年院に行くことを覚悟している少年はそれでもうつむいて泣いていたりもします。

多くの子どもは、家裁送致の後に観護措置が採られて少年鑑別所に収容されますが、弁護士はこの家裁送致の時に「弁護人」から「付添人」に名称を変え、その後、審判まで少年や家族と一緒に歩むことになります。事実でないことが調書に取られていたり、不当に拘留や観護措置が採られた(採られそうな)場合には弁護人あるいは付添人として懸命に抗議の活動を行ないますが、多くの事件では事実関係にはさほど争いがなく、後は、家庭裁判所で開かれる審判で、少年院に行くか、保護観察になるかという結論部分が関係者の最大の関心事です。「少年院に行くか、保護観察になるか」というのは子どもにとっては一生に関わる大問題です。逮捕されたり、鑑別所に入れられたことで、既に学校は退学の危機です。少年院に半年や1年行けば、退院後に別の学校が受け入れてくれたとしても、いわゆる「ダブリ」(留年)となり、一年下の後輩と机を並べて授業を受けなければなりません。私であれば、そんな状態で学校に行くのは嫌ですので、中退して、また悪いことをするかも知れません。少年院の効用を否定するものではありませんが、そういうわけで、付添人弁護士の最大の仕事は少年院送りを回避し、保護観察にしてもらうことであると考えています(この点は、家庭裁判所と意見がよく食い違う点です)。

そのために、弁護士がやるべきことは山のようにあります。最も大事なのは、子どもに度々会いに行くこと。それから、両親とも何度も面談し、ほとんど必ずと言っていいほど存在する「親子間のひずみ」の原因を探り、関係がうまく行っていない親と子どもとの間の関係を少しでも修復できるようにお膳立てすること。多くの場合既にその子どもの退学処分を決めている学校の校長先生や教頭先生を訪ねていって、担任の先生も交えて話をし、子どもに再度チャンスを与えてくれるよう頼んで説得すること(多くの学校が、その生徒が他の生徒に悪影響を及ぼす可能性や、再度事件が起きたときの責任問題を気にして保守的です)。家裁の調査官や裁判官と面談し、付添人としてはここまでやったから何とか保護観察、ダメでも試験観察にして欲しいと頼むこと。被害者の存在する事件であれば、被害者が被った損害を弁償し、「少年を許す。少年院送致は望まない。」という書面をもらうこと。裁判官が最も気にする「悪友との付き合い」を断ち切るための方策を考えること。・・・etc. 鑑別所に収容されてから審判までは通常1ヵ月ほどしかありませんので大忙しになりますが、休んでいる暇はありません。毎日のように動いていてもあっという間に審判当日を迎えます。

さて、いよいよ審判です。

嫌がる校長先生を説得して「再度、学校で受け入れ、継続的に面倒を見ていく」旨の約束も取り付けました。これまで子どもと仲が悪かったお父さんも、今回の事件をきっかけに考え方が変わり、毎日のように自主的に鑑別所に面談に行ってくれました。「悪友との付き合い」を断ち切るために、子どもの携帯電話はお母さんに持ってもらい、掛かって来る電話には逐一丁寧に対応し、今どれほど大事な時期を子どもが迎えているかを、その悪友一人一人に丁寧に説明してもらいました。子どもは鑑別所の中で、今の心境を感想文に書いてくれています。これから守ることを箇条書きにした書面も裁判所に提出済みです。被害者との間には示談が成立し、被害感情も収まっています。審判には両親ともに出席。万全の状態で臨んだ審判。

しかし、まだ足りないものがあります。それは何でしょうか?・・・次回に続きます。


(*1) 当番弁護士とは、日本弁護士連合会が全国都道府県の弁護士会と協議しながら創設した弁護士派遣制度で、逮捕された人が警察や家族を通じて所管の弁護士会へ依頼することによって、その日に待機している当番弁護士が駆けつけて必要なアドバイスを提供する制度です。

今週のメッセージ(2008年3月29日)~インフラファンドと外資規制~

ニューヨークでは未だに最低気温が摂氏ゼロ度くらいまで下がる日がありますが、少しずつ春の気配が感じられるようになりました。春が近づくとときどき思い出す場所があります。私が学生時代に仲間と一緒に度々訪れた「箱根」です。朝早く、クルマやバイクで東京を出発し、小田原を抜けて、「箱根ターンパイク」(*1)の入り口に辿り着いたところで、自然と気分が高揚します。「箱根ターンパイク」は、新車の試乗記などで利用されるいわば「テストコース」のような場所で、走ることが好きな人にとっては聖地のような存在だったからです。アクセルを全開にして人もまばらなターンパイクを攻めたかどうかはご想像にお任せしますが、不思議なほどにクルマが少ないターンパイクを駆け上がり、県道75号湯河原箱根仙石原線と箱根ターンパイク大観山線とのT字路にある「大観山ドライブイン」で一息つきます。「大観山ドライブイン」は芦ノ湖と富士山を望む、日本景勝百選地の一つであり、東京の喧騒を逃れてリフレッシュするには最適の場所でした。ここから県道75号湯河原箱根仙石原線、通称、「椿峠」を一気に下ります。「椿峠」はターンパイクとは異なり、小さなコーナーが延々と続くテクニカルコースで、当時、私が好きな道路の一つでした。

あれから12年後、シカゴに移り住んだ私は、シカゴのスカイウェイ(*2)に関する記事を読んでいるときに、「箱根ターンパイク」と「シカゴ・スカイウェイ」の共通点に気付きました。それは、その2つの道路が共にオーストラリアの<マッコーリー・グループ(Macquarie Group)>に管理されているということです。

「箱根ターンパイク」は、長年東急電鉄グループによって管理されていましたが、赤字が続き(どうりでクルマが少なかったはずです)、2003年秋にオーストラリア最大の投資銀行であるマッコーリー銀行に約12億円で買収されました。マッコーリーは、その後「命名権ビジネス」も手掛け、「箱根ターンパイク」の命名権を獲得したトーヨータイヤは、2007年3月に「箱根ターンパイク」を<「TOYO TIRES ターンパイク」>と改称し、現在に至っています(上記「大観山ドライブイン」も、「TOYO TIRES ビューラウンジ」へ改称)。
他方、シカゴで唯一の有料道路であるシカゴ・スカイウェイは、2004 年に、その99 年間にわたる運営権が18 億3000 万ドルで売却されましたが、これを購入したのが、スペインのシントラ(Cintra)社とオーストラリアのマッコーリー銀行(Macquarie Bank)のJVでした。これは、アメリカにおける既存有料道路の最初の売却例でもありました。

さて、こういった例に見られるように、世界各地で「インフラファンド」の動きが活発化しています。インフラ事業とは、社会・経済を支える基本的なサービス、設備、機能など - 主に、交通(道路・空港・港湾・鉄道)、エネルギー(電気、ガス、水道)、衛星、通信、駐車場など - に関する事業のことを言いますが、インフラ事業では、経営方法さえ適切であれば比較的長期で安定したキャッシュフローが見込めることから、投資ファンドや年金基金などの機関投資家がインフラ事業を取得し、民間の経営手法を導入し経費削減などを行うことによって収益を改善し、投資資金の価値最大化を図るという「インフラ投資ビジネス」が近年のブームとなっているのです。

実際に、マッコーリー銀行は、「箱根ターンパイク」の買収後直ちに、人件費削減のほか、買収前は二次下請け会社だった企業を対象に工事の入札を実施するなどの手法によって、買収の翌年には黒字転換させました(*3)。マッコーリー銀行の近年の業績は大幅に上昇しており(*4)、同銀行のインフラ投資ビジネスが成功を収めていることを物語っています(*5)。

ただ、道路については「公共物」であるとの認識が強く、道路法は主要有料道路や国道を民間企業が管理することを制限しています。また、インフラ事業・社会資本に関してはどこまで「民間開放」を認めるかという問題に加えて、どこまで「外資規制」を行うかという問題も盛んに論じられています。この点に関係して昨年から新聞を賑わせているのが、マッコーリー銀行が、2007年夏に、羽田空港ターミナルビルを所有する「日本空港ビルデング」(東証1部上場)の株式約20%を取得したことをきっかけに議論が白熱している「空港外資規制」の問題です(*6)。

海外企業に投資を行うクロスボーダーM&Aにおいては、「外資規制」は重要な問題となりますので、次回以降のコラムにおいて、この「外資規制」について紹介・検討したいと思います。

(*1) 神奈川県小田原市から箱根町を経由し、同県湯河原町に至る、延長15.8kmの観光有料道路。
(*2) インディアナ州につながる全長12kmの有料道路。
(*3) マッコーリー・ジャパン社のインタビュー:http://219.94.168.109/scty/tr/hp_kakogiji5.pdf
(*4) http://www.macquarie.com.au/au/about_macquarie/investor_information/five_year_summary.htm
(*5) マッコーリー銀行は、そのほかシドニー国際空港やローマ空港の空港運営も手掛けているほか、日本では、近畿日本鉄道から伊吹山ドライブウェイを買収しました。
(*6) 空港ビル運営会社への外資参入規制は存在しなかったところ、国土交通省は、「安全保障上問題がある」として、外資の出資比率を「議決権ベースで3分の1未満」に抑えることを目指し、外資出資規制を定めた改正法案(空港整備法の改正法案)を提出しましたが、議論が紛糾し閣議決定が先送りされました。

今週のメッセージ(2008年3月2日)~事業再生におけるM&A~

まずは、ブログを開始して1週間しか経っていないにもかかわらず、既に、延べ250人もの方々に訪問していただいたことについて、お礼を申し上げたいと思います。

私の出発点が企業再建絡みのM&Aであったということについては、<はじめに>で書いたとおりですが、成長企業による戦略的M&Aのケースと異なり、企業再建のプロセスで発生するM&Aというのは、基本的に自力再建をあきらめた結果としてやむを得ず行われます。将来十分なキャッシュフローが見込めないが、今すぐスポンサーがついて債務の一部を一括弁済するのであれば、債権者の方も何とか更生計画案・再生計画案に同意してくれるかも知れないというギリギリのところでM&Aを選ぶのです。例えば、会社更生事件の管財人としては、破産させて従業員全員が路頭に迷うよりも、言葉は悪いですが、叩き売り価格であっても何とか売却し、事業を継続してくれる買主を探します。しかし、それでも、コストカットや経営改善のために、誰かが、それまで働いてくれていた従業員の一部に対して退職を打診せざるを得ないときがあります。法律家であれば、ここで「整理解雇の4要件の問題か」となりがちなところですが、実態はそうではありません。このような場面に遭遇して私が一番大事だと感じるのは、一人でも多くの従業員・役員と会って話を聞くことです。現在の給料や待遇を確認したり、会社に対する不満はないか等について聴くのはもちろんのこと、家族構成や住んでいる場所まで聞いてメモに取ります。仮に、スポンサー側から退職を要求されたとしたら、この人の小学生の娘さんと中学生の息子さんの学費はどうなるのか、通える距離の範囲内で転職が可能かまで、いろいろと想像を張り巡らせます。そこで出会う人たちは、大抵は自分よりも年上の方々ですし、再建事件ともなると常に雰囲気がピリピリしていますので、「弁護士さん、若いあんたには分からへんやろうけどな」と言われたこともありました。

こういった場面では、残念ながら本に書いてあることや法律はほとんど役に立たないようです。とにかく謙虚に、しかし、事業を再建するという信念を持って対話を続けるしかありません。結果としてある人に辞めていただかなければならないときは、役員さんに転職先の斡旋までお願いします。これは管財人や民事再生申立代理人の義務ではありませんが、疎かにしていては足元をすくわれる可能性があります。

他方で、スポンサー候補者に対しては、従業員の全員引継ぎをお願いします。しかし、この全員引継ぎを完全に実行してもらうのは容易ではありません。売却交渉を上手く進めれば、契約書に全員承継に関する条項を入れてもらうところまでは比較的簡単に進めます。しかし、一旦引き継いだ従業員がその後何年間もそのまま不利益待遇を受けないでいられるかどうかについては、基本的に監視する方法がないのです。再生・更生会社は事業を売却した後に清算しますので、売却後の運営状況を後からチェックする体制がありません。スポンサー側は、「レピュテーションの問題がありますから、約束は守ります」と言いますが、そうなるともはやお互い信用するかしないかのレベルの話になってきます。
しかし、従業員との対話に関してもそうだったように、ここでも信頼関係というのはとても重要になってくると感じます。スポンサーとの対話を通じて信頼関係を構築し、従業員の皆さんにも「私たちはここまでやりました。後は皆さんで頑張ってください」と言ってサヨナラができるような状態まで持っていく。これが再建絡みのM&A案件における弁護士の役割だと思います。

債権者に対しても公明正大であり続けなければなりません。従業員を全員引き継ぐということは人件費のカットがやりにくいということですので、債権者の中には反対者も出てきます。しかし、その債権者とも、ときにこちらから訪問してきちんと対話をします。理解していただけず、その結果、再建計画が承認されないのであれば、また別の案を捻り出さなければなりません。ここでも債権者との相互理解が築けるかどうかが大事になってきます。

大事なのは法律や契約ではなく信頼関係である。・・・実務では、契約を重視するアメリカ的進め方ではうまく行かないことも多いようです。

はじめに

皆さん、初めまして。

弁護士になった直後に、とある民事再生事件で、再生会社をどこかに売らなければならないことになり、買手探しに奔走したのが、私にとっての最初のM&A案件でした。
その後、国内で5年ほど経験を積みましたが、アメリカ型契約書やプラクティスがどんどん入ってきているにもかかわらず、「形」のみの輸入に留まり、有利不利の判断基準や潜在的問題点までは理解されないままで利用されるケースがあることを危惧し、M&Aの世界では「20年進んでいる」と言われているアメリカにて最先端のM&Aプラクティスを勉強すべく渡米。

シカゴのノースウェスタン大学ロースクールにて米国M&A取引に関する法律・判例・実務のイロハを学んだ後、アメリカ・ヨーロッパ・アジアの25箇所にオフィスを有するグローバル・ローファームのM&Aプラクティス・グループに所属し、現在は、米国内のM&A案件および国境をまたいで行われるクロスボーダーM&A案件に没頭する日々が続いています。

ニューヨークからお届けする最新情報をお楽しみいただくとともに、経験豊富な先輩方や、実務においてM&Aに関与されている皆さんからのコメントを頂戴し、私自身も成長していきたいと考えていますので、気長におつきあいいただければ幸いです。

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